「クラウド」や「ノーコード」、その裏側に潜むブラックボックスの存在

「最近の学生は」という話を大学の先生方とよくする。どの先生と話をしてもその特徴は同じで、デジタルネイティブ分析をしている身としてはとても興味深い。かつて「新人類」という世代があったようだが、その時もこんな感じだったのだろうか。

さて、最近の若い人たちは「ディレクトリー構造」を知らない。これは完全に事実だ。かつてはデスクトップ画面にフォルダを整理して、そのフォルダの中にまたフォルダを作ってファイルを整理をしていた。そうすればファイルの保存先やファイルの検出に時間がかからず、部屋の中を整理することと同じだ。しかし、いくらそのように部屋を整理しても「あの書類はどこに行ったのか」「鍵がない」「時計が見つからない」と始まるのが常だ。「パソコン」でも同じことが起こるのは皆さんもご経験の通りだ。最初に決めたファイルのネーミングルール、例えば「顧客名_年月日」のようなものは、時間とともにおざなりになり、最終的には、ファイルはフォルダを無視してデスクトップに無造作に置かれたままになる。まさに散らかった部屋だ。年に1回くらいはその整理を試みるが、また数日経てば同じことになる。

しかし「パソコン」には、かつてはSSDHDDといった記憶装置の容量があって、その容量に応じて古いファイルは消して整理しなくてはならなかった。またローカルに保存したファイルは、パソコンそのものの買い替え時に新しいパソコンに移動する必要があったので、整理してミニマイズしておくことが重要だった。

ところが、クラウド時代に保存先のストレージ容量はほぼ無限になってしまった。これにより片付けの概念が大きく変わった。というより、片付ける必要がなくなったのだ。

例えばGoogle ドライブを体験してわかるのは、当初申し訳程度にディレクトリー構造を作ってファイルの保存を試みるが、クラウドで作成するファイルはそもそも「保存」の概念すらなく、どんどんクラウドに溜まっていく。したがって整理する間もなく、新しいファイルを作り、そのファイルを共有して共同作業したりして、バージョン管理すらしなくなる。しかし、Google得意の「検索」という魔法がこれを一瞬で解決してしまう。

ファイルを整理しなくても、それっぽい単語を入れれば、当該ファイルは必ず候補一覧の中に出てくる。だから整理する必要がない。然るに、ディレクトリを作って整理しようという気は完全に失せてしまうのである。

つまり

・無限の保存量
・高い検索性

によって、私たちがパソコンを手にしたときに最初に学んだ、ディレクトリの整理のような文化はどんどん消えていっている。

最近の高校生や大学生は、ディレクトリ構造から開放された世代である。アプリやファイルを探すには検索で十分である。テキストファイルだけでなく、動画や音声も事実上、無料で無限だ。となれば、整理する必要がない。大量に撮り溜められた写真や動画も、だいたいの撮られた地名や時期で検索すれば、ほぼ出てくる。

ところが、「 Linux でコードを書いてプログラムをつくろう」となった瞬間、このディレクトリ構造文化に直面する。確実にディレクトリ構造を指定して命令を与えなくてはプログラムは動かない。クラウドサービスを使うだけであれば、 No Making, Just Using が重要である。その一方で、No Making, Just Using時代に育ったデジタルネイティブは、コードを書くことにチャレンジした瞬間、このディレクトリ構造という未知のルールの壁にぶつかるのである。

さて、ここから何が学べるだろうか。
No Making, Just Usingの限界は「ブラックボックスが残ること」である。「安価なAIを API連携によって使う 」という表現や「 ノンコード ローコード開発 」という表現は、とても耳障りが良いが、多くのユーザーはAIの中で何が起こっているか、あるいは使っているプラットフォームの中で何かが起こっているか、その中身を説明できない。もちろん説明する必要はないのでそれでよいのだが、そのAIの特徴やクセ、利用上のリスクは使う上で知っておく必要がある。車の制動距離には多くの空走距離が含まれることを免許取得者であれば知っているのと同じだ。

となると、多くの人が使っていて事実上の標準となってるクラウドサービスを使う方がリスクが少ない。先人たちがすでにそういった問題を潰してきているからだ。したがってリスクが高いのは、ユーザーが少ないサービスである。これを使ったり、依存するときは、ビジネス上の大きなリスクがつきまとう。

したがって、本当に新しいサービスをユーザーとして導入する場合は、導入事例やユーザー数、そのテクノロジーを扱えるエンジニアの層の厚さやベンダーの数、ネット上のユーザーコミュニティーの多さなど、多面的に評価する必要がある。

以前、 外注主義と内製主義の日米比較の話 をした。ITグランドデザインの中で、その会社が外注主義をとる場合でも、社内に持っておくべきデジタルのケイパビリティーの1つが、このリスクを評価できる能力なのである。

もはや、ディレクトリ構造のような基礎的なことを知らなくても、一見問題なく日々過ごせる。しかし、問題が起こったり、そのサービスの将来的なリスクを判定するタイミングで、サービスを支える技術の議論をする必要が出た時に備えて、その技術の基礎的な構造には好奇心をもって理解しておく必要があるのである。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー 兼 IT前提経営®アーキテクト
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く (近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」 (ハーベスト社)2017
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