知っておきたい「3(+1)」〜ITベンダーの業務特性を俯瞰する〜
DXアドバイザリー業務に携わったり、大学の授業をしたりしていると、言葉や概念をめぐる混乱がある。そこをスルーせずにしっかりと丁寧に説明することも重要だ。例えば、「ITベンダー」とは何か、もその一つだ。ひとことで括れない業務の多様性がある一方、その多様性がしっかりと因数分解されて語られていないことも多い。適切な理解がないままでは、DX推進におけるベンダー選択も的確に進まない。今回は「ITベンダーの3類型」について整理し、IT前提経営®︎のために担当責任者に求められるケイパビリティについて考えたい。
CIOに必要な「選ぶ力」と「インプリメントする力」
事業会社のシステム開発は近年、システムを業務に合わせるのではなく、業務をシステムに合わせる方法論が主流になりつつある。クラウドサービス時代のこの考え方を私は、「
No Making, Just Using(作らず、使え)
」と表現してきた。慣れない
フルスクラッチ開発
をITベンダーに外注するのではなく、既存のサービス/パッケージを使う。例えば、
CRM
で有名な
Salesforce
や、
ERP
でグローバル最大手の
SAP
(SAP HANA Cloud)、国産では
オービック
の
OBIC7
クラウドなどは皆さんもよくご存知だろう。
数あるサービス/パッケージのうち、どれを採用するか。経営上重大な決定をするのは、事業会社の
CIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)
だ。
全て自前で開発することが前提だった時代、CIOの仕事はフルスクラッチ開発の音頭を取り、システム開発会社を決め、要件定義をして開発のゴーサインを出すことだった。大手の開発会社などでの勤務を経て、事業会社に移ってCIOに就任する、というキャリアパスも存在した。だが今は、既存サービスに自社の業務を合わせていく「
Fit to Standard
」の考え方の理解と説明、そしてパッケージやサービスを「選ぶ力」、及びそれを「インプリする力」が問われている。
「選ぶ力」とは、現存するサービスの選択肢の中から、会社として正しい選択をする能力のことだ。そのためには、各サービスの機能性や安全性についての理解と、提供するベンダーの類型及び特性についての俯瞰した知識が不可欠である。
では「インプリメンテーション力」とは何か。従来と違うもの(ソフトウェアやサービス)を選択し、組織に導入していく際には、以前
ブログ
にも書いた通り、必ずといっていいほど「使いづらくなった」「今までと違う」などという抵抗が組織内から出る。それに対し、一定の痛みを伴ってでも導入すべき理由を、関係者が納得する形で丁寧に説明する力量が問われる。言葉は悪いが、ある種の社内政治力とも言い換えられる。
これら二つが、今の時代に求められているCIO像のケイパビリティである。
さて、私たちが日頃仕事をさせて頂いている、M&Aプロセスにおける基幹システム及びサブシステムの総入れ替えを伴う超短期での新会社立ち上げにあたっては、その実務をお願いする様々な類型のITベンダーと関わることになる。このITベンダーは大きく分けて3種類ある。ここではその類型を整理したい。
基幹システム開発に不可欠なITベンダー3類型とは
一つ目は、クラウドサービス/パッケージベンダーといわれる形態。クラウドサービスやソフトウェアパッケージを、自らのエンジニアたちの手で開発して販売している会社のことで、昨今はクラウドサービスのそれをSaaS(Software as a Service)企業とも呼んでいる。かつては数十億円程度のコストをかけ、システムをゼロから自前で作っていくのが当たり前だったが、今はFit to Standard、あるいは私の表現でいうところのNo Making, Just Usingの時代だから、SIerの仕事は昔とは大きく異なる。パッケージの大規模なカスタマイズやフルスクラッチ開発に代わって、一番前面に出てるのがクラウドサービスとなる。
ご存知の通り、SaaSは今花ざかりで、世界中でベンチャーキャピタルがこぞってこれに投資をしている。サブスクリプションモデルによって
T2D3
で売り上げが伸びると言われ、企業価値が短期で指数関数的に伸びやすいということもあって、好まれる投資対象のビジネスモデルとなってきた。
二つ目が、SIer、つまりシステムインテグレーターあるいはシステム開発会社と呼ばれる形態だ。ネットワーク設計からサーバーやパブリッククラウドへのアプリケーションの設置、サービスとサービスの連携などといったものを総合的に開発/実装を伴ってインテグレーションできる会社だ。こうした開発力を持った会社は大中小様々あり、このような会社で働いているのがSE(ソフトウェアエンジニア)やPG(プログラマー)、PM(プロジェクトマネージャー)と呼ばれる人たちだ。ソフトウェアをクラウドに載せて、カスタマイズし、API連携の開発をするのは、SIerだ。
三つ目が、ITコンサルティング会社になる。彼らは、SEやPGのようにコードを書く力があるというより、ビジネスのことをよく知っている。従って、顧客のビジネスや業務プロセスを理解し、適切なIT導入の青写真を書いて、各種ベンダーを募り、
ベンダーコントロール
をするのが主な仕事となる。
一言で「ITベンダー」といっても、その特徴によって類型化されることを理解する必要がある。CIOはその上で、どの類型のITベンダーとどの類型のITベンダーを組み合わせて、何を解決するのかを明確にし、それぞれのITベンダーに対して責任範囲を明確にして仕事を依頼し、管理する能力が求められる。しかし、このCIOがマーケットに足りていない。
3類型に収まらないベンダーも存在する
実はこれら3類型に加えて、もう一つの類型も存在する。特にBtoCの事業においては、必ずと言っていいほどデジタルマーケティングが必要だ。ネット広告を掲出したり、ソーシャルメディアでプロモーションしたり、それらに適したWebデザインをしてマーケティングをしたりするのは、Web制作会社、またはデジタルマーケティング会社など「デジタルマーケティングベンダー」の守備範囲であり、前述の三つに加えたもう一つのベンダー類型である。
CIOと呼ばれる人は、その三つ、ないしBtoC事業の場合は、3プラス1について、それぞれがどのレベルの能力を持つのか評価し、自社のビジネスに必要な規模を判断して、No Making, Just Usingで選び、そして、組み合わせていくことをしなければならないが、実はその仕事は非常に難しい。
私たちガーディアン・アドバイザーズのDXチームがこの3類型のどれに入るかというと、強いて言えばITコンサルティングの区分だ。これまで手がけた仕事のほとんどは、社長を含めた経営陣、あるいはファンドのような株主と議論して、その会社にとって適切なITが何かを助言し、
ITグランドデザインの策定
に落とし込み、最終的にここで説明してきた三つの種類のITベンダーを適切に選ぶことを側面支援する。ITコンサルティングが提供するサービスに加え、CIOに対して、経営の観点(財務、中期経営計画と導入すべきITシステムの平仄、企業価値との関係など)からのアドバイスができ、事業部門への丁寧な繰り返しの説明もできるという点が、M&Aアドバイザリーが出自である私たちの強みだ。
複数の「人格」を持つITベンダーへの対応
DXアドバイザリーにおいてはしばしば、これまで述べてきた3類型を区別して理解・対応することの重要性を痛感することがある。
ある事業会社が、基幹システムの入れ替え目的で選定した大手ベンダーと契約更新する際、準委任契約にしたいとの意向が伝えられた。契約には大別して、
委任契約/準委任契約
と、納品物がしっかりある
請負契約
がある。「準委任だからアドバイスだけします」と言われても、納品物に対して責任を取らないなら、それは困る。
契約の相手方の大手ITベンダーが、これまで説明してきた3類型のうち、SIerとITコンサルティングの二つの人格(能力)を持つこともあり、話が複雑になる。サービスの導入支援に限れば準委任で事足りるが、API連携のプロセスでは開発/実装が生じるため、連携部分においてプログラムという納品物が出てくる。そうなると、準委任では不十分で、納期や動作について厳格さを求め、瑕疵がないことが担保できる請負契約が必要となる。かつ当該プログラムには著作権をはじめとする権利が発生するため、請負契約において、その権利の帰属も明確にしなくてはならない。このような点を踏まえ、当該ベンダーは一つの法人ではあるものの、対象業務をSI業務とITコンサルティング業務に切り分け、それぞれ別の契約を締結するよう助言をした。
一方で、クラウドサービス/パッケージベンダーとSIベンダーの顔を併せ持つ会社もあり、ベンダーの3類型は、実に複雑に入り組んでいる。それぞれを理解した上で、コミットすべき業務を正確に区別した契約が必要となる。こうした助言も、私たちガーディアン・アドバイザーズが提供するDXアドバイザリーの一部分だ。
ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 IT前提経営®アーキテクト
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
続・まったく新しい働き方の実践〜なぜ働き方は自由にならないのか。DX未完了社会の病理〜
(ハーベスト社)2022
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く
(近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」
(ハーベスト社)2017
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