M&Aプロジェクトと報連相

M&Aの実行においては、売買契約書の締結が最も重要な意思決定と考えられますが、検討の初期段階からクロージングに至るまでの間に様々なレベルで意思決定が行われます。

満足のいく結果をもたらす妥当な意思決定を行うためには、十分な情報に基づくインフォームド・ジャッジメントであることが求められ、代表取締役や取締役会によるそれを可能にするために案件の実務チームがアドバイザーの支援も受けながら活動していきます。

実務チームとアドバイザーを含めたこのチーム活動にとって重要なのは専門的な知識よりもまず報連相です。報連相のレベルの高いチームは、様々な障害を乗り越えながら案件をクロージングに向けて着実に進めていくことができます。

 

M&A案件は案件毎にチーム編成が行われるプロジェクト型の業務


検討からクロージングまでを一度でも体験するとわかることですが、M&A案件は案件毎に編成する一回切りの典型的なチームプロジェクトであると言えます。買い手でも売り手でも、当事者である会社のM&A担当部署や責任者を中心に社内チームが組まれ、社内チームを支援するFAや弁護士、会計士などの外部専門家チームが組まれ、社内でも関連する事業部などを巻き込みます。

FAを雇いキックオフミーティングを始めると、ワーキンググループリスト(WGL)という関係者リストを作成することがよく行われます。メールやZoomでの連絡が増えた現在はWGLの存在を忘れても進めていくことができますが、電話がコミュニケーションの中心だったコロナ前ではWGLを常に参照できる状態にしておくことがプロジェクトを進めていくうえでのイロハのイでした。

自社側のチームだけでなく、交渉相手側のメンバーやそのFAなどの連絡先もリストに加えていき、資金調達が必要になれば金融機関の担当者も加えていく、ということが以前は行われていました。テクノロジーの進歩によって、メールソフト内を検索すれば特段の支障を感じることはなくなりましたが、関係者が多いというのが引き続きM&Aプロジェクトの性質です。

 

M&Aのプロジェクトはチームでの高度な情報処理ゲームという性質がある


M&Aの最終意思決定は、事業戦略面での合理性、財務的な合理性、取引を実現できる法的担保が整えば、一般には行って良いと考えられます。これらは主に、事業戦略面であれば事業シナジー、財務面であればバリュエーションや財務インプリケーション、法的担保であれば取引ストラクチャーや売買契約条件を最終意思決定者に説明可能にすることを目指しますが、そこに至るまでには、大量の情報をどうにか獲得し、チームでうまく分担処理し続ける日々が続くことになります。

M&A実務の進歩から、意向表明書、デューデリジェンス、バリュエーション、最終提案書など、買い手売り手双方に共通する多くのテクニカルタームが生まれ、それを作業目標や目安として用いていますが、それらのすべての作業の本質には、意思決定に向けた情報処理作業という側面があります。

これらの作業に必要な情報を、案件チームは日々収集していきますが、新たに得られた情報によってプロジェクトの進行の修正・変更を行う必要が頻繁に生じます。一人の人間が完結して何かを行うのであれば、単独で情報収集して意思決定することで足りますが、これをチームでやっていく必要があるというところにM&Aプロジェクトをスムーズに完了させることへの難しさがあります。

 

M&Aを成功裏に進めるために大事なのは専門的知識よりも報連相のセンス


報連相というと、何を今更と思われるかも知れませんが、M&Aに限らず複雑なプロジェクトや、はじめての局面が多いプロジェクトでは、プロジェクト関係者間での情報のやり取りがスムーズであることが、計画的に動き、常に軌道修正しながらゴールに辿り着くうえで重要です。皆様も、過去のプロジェクトの失敗や成功において、振り返るとそのような経験をされているのではないでしょうか。

関与するメンバーに専門性や経験があることは大事ですが、それらがプロジェクトのゴールに向けてうまく活用されていくためには、社内はもちろん、FAや弁護士・会計士等の専門家との間での報連相がうまく機能している必要があります。さらに、M&Aは買い手と売り手の合意に辿り着かなければ成立しませんので、交渉相手とその専門家との適切な報連相も大事になります。

逆に、M&Aのプロジェクトは専門家だけを集めてもうまく進まないことがあります。それはチーム連携を進めるための報連相が機能しておらず、せっかくの個々の専門性がプロジェクトひいては最終意思決定のためにうまく活用されていないことが原因であることが多いと思われます。

 

マニュアルや資格よりも説明責任の文化が根付いている組織がM&Aに強い


チームプロジェクトでの高度な情報処理ゲームにおいては、日々得られる情報や刻々と変化する状況にチームで対応していくための報連相が重要であると申し上げてきました。小職はこれまで色々な出自のM&Aアドバイザリーチームに所属してきましたが、組織の成り立ちによってその得手不得手が分かれるということを経験しました。

個人的な経験を踏まえると、説明責任文化がある組織で育ってきているかどうか、というところに違いが出てくると感じます。誤解をおそれずに言えば、メガバンクは洗練されたマニュアル、会計士の多いファームは資格によって共通言語が用意されており、個々人が説明責任を持つ機会が減ります。一方で、投資銀行や証券会社は逆にそれらがあまり用意されておらず、個々人が説明責任を持たなければならない環境であったと思います。あくまで個人の感想です。

テクノロジーの進歩でコミュニケーションの仕方が多様化したり業務の性質も変化している中で、多くの会社で改めてチームワークやチームコラボレーションを見直す動きが起こっています。M&Aプロジェクトの進め方についても、今一度立ち止まって考えると、報連相ないし説明責任文化のレベルを見直すことは大事であると感じています。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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