意向表明書の基本9項目

買収実務売却実務

M&Aの具体的な検討を開始すると、本格的なデューデリジェンスに入る前に、買手から売手に意向表明書が提示されて基本条件の相互確認が行われることが実務慣行である。大抵の場合、秘密保持契約は交わされているものの、この段階では限られた情報をもとに基本条件を確認し合うことになる。なお、ここでの意向表明書は法的拘束力を持たない。

オークション形式による売却の場合には、売手(売手のアドバイザー)から買手に対して意向表明書の記載依頼項目が通常提示されるが、相対の場合にはそれがないことも多い。その場合、買手の方からわかりやすく基本条件を取りまとめる必要がある。また、ここでの基本条件は買手にとっても、この段階で把握・整理しておくべき内容である。

意向表明書の記載項目には制度的なルールや教科書があるわけではないが、これまでの先達の経験とノウハウから集大成された基本の項目セットが存在する。小職が独自開発したものではないが、有用なものとして受け継いでおり、今も活用している。その項目セットを参考に紹介する。


意向表明書の基本9項目

ここでは取引を進めるために必要な基本9項目を挙げる。期待される事業シナジー等についての項目は含めていない。それらはあくまでも買手の魅力を付加的にアピールするためのものであり、売手が取引を行うために必須のものでもないからだ。海外の売手は日本の売手よりもそのように考える傾向が強い。事業シナジーを謳われるよりも取引の確実性を重視する。

1.評価額(Valuation)
最重要条件である買収価格に関する記載である。これがなければ売手がデューデリジェンスに応じることはほぼないと言ってよい。デューデリジェンスによって最終的に変更する可能性があるのであればその要因も記載する。検討を進めたら気が変わりました、考え方が変わりました、が理由で評価額を変更しようとすると信頼関係が崩れて交渉はその先には進まなくなるだろう。そうならないためにもこの段階ででき得る限りの合理的な評価をし、将来の変更可能性の要素は特定しておく必要がある。

2.取引形態(Proposed Deal)
株式を100%買収するのか部分的に買収したいのか。事業全てではなくて一部のみを買収したいのか。通常、評価額よりも自信を持って宣言できる。

3.買収主体(Acquiring Entity)
直接買収するのか、子会社を通じて買収するのか、共同買収をするのかなど。主語にあたる項目なのでこの段階では決めておきたい。これがあやふやだと曖昧な買手、つまり案件実行力が弱い買手と思われてしまう。

4.経営陣の留任(Retention of Senior Management)
売手にとって、買手が現経営陣をどう取り扱うかは関心事である。デューデリジェンスに対応するのは対象会社の経営陣になるため、デューデリジェンスへの協力姿勢にも影響してくる。留任希望、退任希望、要協議のいずれにしても曖昧に書かないことが重要である。現経営陣に将来への心配を抱かせてプラスになることは殆どない。

5.資金調達(Sources of Funds)
現金による買収が多いが、それは手元資金で賄うのか、新たな借入金によるのかを明記して買収資金調達の確実性を記載する。資金調達力が不安な買手と交渉を続けたい売手は少ないだろう。例えば増資による調達などと記載すれば意向表明書の魅力は一気に落ちる。

6.デューデリジェンス(Due Diligenc Requirement)
ビジネス・法務・会計税務を中心に、確認したい資料や重要な質問事項のリストを添付できるとよい。そのことでデューデリジェンスをお互いにスムーズに進めることができる。既に任用している、または任用予定の法律事務所、会計・税理士事務所等の専門家、ファイナンシャル・アドバイザーを記載できることが望ましい。それにより、今後の検討の真剣さを売手は確認できる。意向表明書が受け入れられてから専門家を選任しますでは真剣度もスピード感も売手の期待には応えられない。売手はここでも取引の確実性を重視する。

7.必要となる承認や許認可(Approvals and Authorization)
意向表明書の提出段階での社内の意思決定レベル、最終的に必要となる意思決定レベルを明記する。独禁法や関連業法等の規制対応にかかるものも明記する。特に規制対応は、買手・売手に共通する取引実現のためのハードルであり、想定外がないようにする。

8.本件実施までのスケジュール(Timeline to Closing)
少なくとも月単位のレベルで今後の想定スケジュールを提示しておくべきである。スケジュールを立てられない買手と取引することは売手にとって大きなリスクになる。売手に希望スケジュールがあるのであれば、できるだけ合わせていきたい。

9.その他、本件実施の上で重要な条件(Other Consideration)
これまでの8項目以外には、ここで記載すること以外に本件を実施しない条件はない、ということを明記して売手との信頼関係を確保する項目である。そのため、上記8項目以外で重要と考えることは隠さず明記しておくべきである。デューデリジェンスへ進んでからの後出しジャンケンは売手との信頼関係を崩してしまう。受け入れられるのは簡単ではないが、独占交渉期間の要求を記載することもある。



その他の意向表明書の項目アレンジ


上記の基本9項目の内容は淡白ではあるが、売手に真剣さを見せて取引の確実性への信頼を勝ち取る基本セットである。

これらに加えて、事業シナジー、これまでのM&A実績、買収後の経営方針、従業員の雇用維持方針などを記載することで、よい買手であることをアピールすることが行われる。文章全体を礼儀正しく丁寧に書いたり、文章量を増やすなどの工夫もある。ただし、それらはあくまで付加的な工夫であり、基本9項目の欠点を補うには至らないものだと考えた方がよいだろう。

なお、法的拘束力がない旨の一文を明記することも意向表明書の実務敢行にはあるが、取り立てて基本条件として項目立てするほどのものではない。英文の場合、タイトルをNon-Binding Offerとしてしまうこともあるが、日本語で「法的拘束力のない意向表明書」と記載するのはあまりにもセンスがない。前文にサラッと書くか、その他の項目に入れておく程度でよいだろう。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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