あまり用いられなくなった合併からの学び

M&Aという言葉はご存じのとおりMergers & Acquisitionsの略で合併・買収と訳されてきました。企業・事業の支配権を移動させるための取引を総称する言葉です。日々よく見聞きする言葉ですが、最近ドラマで「M&Aする」と動詞で使われているのを目にしました。M&Aはあくまで総称としての名詞で、合併するのと買収するのは別物として分けて考えてきた小職にはものすごく違和感がある響きでしたが、言葉の用法というものはそうやって変わっていくのかも知れません。

現在のM&Aは、ほとんどが買収の意味で、次に事業承継の意味に使われているのではないかと思います。時代の変化に伴い最近はあまり合併が行われなくなっていますが、合併の実務からは今でもM&Aにおける本質的な示唆を得ることができます。

 

2000年頃には主要な手法だった合併


最近はなくなりましたが、2000年代半ばくらいまではM&Aという言葉にはまだ説明が必要で、営業資料にはM&Aについての説明ページもありました。そこではM&Aを法的な取引方法(スキームやストラクチャーと言います)の分類を使って説明していました。具体的でわかりやすいからだと思います。小職が最初に覚えたM&Aの分類は、次のような体系でした。

1999年当時のM&A手法

  1. 合併
    • 新設合併
    • 吸収合併
  2. 買収
    • 株式取得(既存株式)
    • 第三者割当増資(新株取得)
    • 営業譲渡(現在の事業譲渡)

当時はグローバル化が進み国際的な企業間競争が進んでいたことと、一方で国内は一つの業種に多ければ10社近くの主要企業が存在することも多く、業界再編による集約が盛んな時期でした。そこで同業企業の統合に合併が用いられました。例えば、現在の三井住友フィナンシャルグループの母体は、住友銀行とさくら銀行の合併によって実現しました。

なお、合併の場合には最終意思決定者は合併するそれぞれの会社の株主であり、株主総会の特別決議が最終の意思決定機関になります。買収(株式取得)の場合には、買い手側の意思決定には株主は含まれず、通常は取締役会によって行われます。売り手はもちろん株主です。

 

2000年代の組織再編制度の改正で合併はマイナースキームに変わっていった


企業再編のための法制度が進み、2000年代には株式交換、株式移転といった手法が多く利用されるようになりました。合併と同様に株主総会の特別決議を経ることで、A社がB社を100%子会社化する、A社とB社が共同持株会社を設立する、といったことができるようになりました。

合併というのは、A社とB社が経営統合して同一法人になることですが、M&Aの主な目的である事業シナジーの達成のためには、同じグループ企業になれば十分目的が達成されることがほとんどです。そのため、100%子会社化してグループ企業にする、A社とB社は別個に存在し続けながら持株会社C社のもとで同一のグループ企業となる、という選択が取られるようになったのです。

メガバンクの例でいうと、現在の三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の母体となった三菱東京フィナンシャル・グループ(MTFG)は東京三菱銀行・三菱信託銀行・日本信託銀行の3行による株式移転、UFJホールディングス(UFJ)は三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行の3行による株式移転によってそれぞれ生まれました。

鉄鋼大手の統合の場合、JFEは川崎製鉄と日本鋼管による株式移転によって、日本製鉄は新日本製鐵と住友金属による合併によって生まれました。百貨店では三越伊勢丹ホールディグスは三越と伊勢丹、J.フロントリテイリングは大丸と松坂屋により、いずれも株式移転が行われました。

なお、株式移転による共同持株会社化で経営統合を行った後に、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併して三菱東京UFJ銀行に、大丸と松坂屋が合併して大丸松坂屋に、などと事業子会社別の統合には引き続き合併は用いられています。合併はどちらかというと企業グループ内の再編スキームとして利用される手法になりました。

 

合併契約書の基本4セット


国内での業界再編が2000年代にかなり進み、2010年代以降は経営統合案件自体が減り、合併はM&Aの表舞台からは徐々に存在感を失っていきました。しかし、合併や経営統合が盛んであった時代の実務の示唆は今にも活かすことができます。その1つは経営統合において交渉の焦点となるポイントです。

合併の実施のためには、合併契約書の締結について両社の株主総会の特別決議を得る必要があります。合併の条件合意において、最も重要な基本4セット項目があります。

  1. 合併比率(新会社株式との交換比率=買収価格)
  2. 代表取締役
  3. 取締役会の構成比
  4. 社名・本社所在地

当時、経営統合を行うことのみを先に決めて公表し、これらの4項目の合意を先送りしたケースが散見されましたが、その多くが途中で破断になりました。

合併比率によって新会社の株主構成が元A社株主が60%、元B社株主が40%などと決まります。50%ずつになることはほぼありませんから、M&Aの観点において、どちらがMerge(吸収)した側なのかがこれで明らかになるわけです。

すると、合併後の会社の経営体制、ガバナンスやアイデンティティは当然、Mergeした側に寄っていきます。代表取締役、取締役会の構成比、社名・本社所在地などは社員のみならず取引先を含めた関係者の多くに影響を与えます。

対等合併という言葉も当時はよく用いられましたが、この基本4セットを先に決めずに曖昧なまま発表して進めていくと、関係者が増えるにつれて合意が難しくなっていきます。

 

M&Aにおいては重要なことを後回しにすると破断することが多い


合併を対外発表したものの最終的に破断となったケースでは、重要なことを後回しにした結果解決に至らなかったことが多いです。

合併は、新会社の社長や取締役会だけでなく社名や本社所在地までが合意すべき項目になるという点で、株式取得による買収案件よりも交渉範囲が広いという難しさがあります。また、お互いに良い顔をしながら進めたいという心持ちもあると思います。しかし、結局それでは最終的にまとまらないものです。

重要なことを後回しにすると破断することが多いという特徴は、合併に限らずM&A全般にあてはまると思います。言いにくいことや決めにくいことについて、時間が解決してくれることは期待できません。むしろそこを早めに誠実協議しないと、時間が経つほどにお互いの思惑のすれ違いが広がっていく可能性があります。そして結局はうまくいかないのです。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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