買い手と対象会社との相性の重要性

買収を意思決定する際の重要なポイントには戦略的合理性、将来利益への貢献、財務健全性の維持の3点がある。これらは経営戦略論、コーポレートファイナンスなどで理論的に整理されており、個別の買収案件においても客観的に評価や検証がしやすい。これらのポイントを十分に評価・検証しないままの買収実行の判断は避けたほうがよい。

そのほかに、M&Aの交渉過程や最終判断に大きな影響を及ぼすものに当事者の「相性」がある。相性は企業文化や経営陣・担当者ごとの主観的な判断になるためなかなか掴みどころがないが、経験上、相性はM&Aにおいて大変重要である。相性の良さは、特にオークションでは買い手の立場を有利にするし、最終的な取引価格を他社よりも高く提示する決意につながり、買収後のPMIにも資すると言ってもよい。

M&Aで留意すべき相性の考え方、相性がどのような局面で有効に働くのか、また短い時間で相性を確かめやすくする工夫などについて簡単にまとめてみる。


大事なのは買い手と対象会社との相性


M&Aの関係当事者は、買い手、売り手、対象会社の3者に分かれる。この3者のうち、買い手を独立主体として考えることは自然にできるが、売り手と対象会社は一体化して見えることも多い。売り手と対象会社は、企業グループであれば親子会社関係にあったり、オーナー企業であれば売り手である株主が対象会社の社長であったりと、もともと資本関係で結びついていることに加えて、人的にも結びつきが強いか一体化していることが多いためである。

売り手と対象会社を常に区別して状況判断していくというのは実はなかなか難しい。対象会社は売買契約の当事者ではなく、あくまで売買の対象物であるが、マネジメントプレゼンテーション、デューデリジェンス、SPAにおける表明保証やクロージングコンディションに至るまで重要な役割を果たす。売り手のアドバイザーは実務的には対象会社の経営陣と過ごす時間が長くなることもあり、実務担当者が対象会社経営陣をクライアントであると錯覚していく、といった現象も決してよろしくないがよく見られる。

買収実行後は、対象会社は買い手と資本関係を持つことになる。資本業務提携や株主間契約などで売り手が関係し続けることもあるが、売り手は売却した後は当事者関係から離脱するのが基本である。そのため、買い手にとってM&Aで最も大事になるのは、M&Aの目的であり、実行後に半永久的に継続する対象会社との関係である。M&Aの取引の相手方となる売り手との関係はもちろん大事ではあるが、対象会社との関係の重要性よりもまさることはない。

結局、重要なのは、買い手と対象会社との相性ということになる。買い手と売り手との売買取引は合理性で乗り切れるところもあるが、買い手と対象会社との関係はそこまで割り切れるものではない。対象会社との相性に自信と確信を持てれば買い手は買収実行の判断をしやすくなる。


企業文化の相性が大事なのであって、担当者同士の相性が大事なのではない


買い手や売り手、対象会社などと呼んでいるが、これらは法人すなわち会社であることが基本で自然人ではない。一方で、直接的に関わる相手は、会社から適切な授権を受けた代表者であるとかプロジェクト責任者、担当者などの人間になる。難しく考え始めるとキリがないが、会社には企業文化や社風があり、代表者や経営陣はそれを体現しているし、責任者や担当者となる社員にはそれが浸透していることが多い。

ここで大事なのは、目の前で話をしている人の思考や行動のパターンが、その人自身の特徴や性格からきているものなのか、企業文化や社風からきているものなのかの見極めである。このあたりは本当に難易度が高いが、相性が大事なのは、担当者同士のことではなく、あくまで会社同士、企業文化の相性のことを言っている。個人と会社の切り分けは難しいが、大抵の場合、社長同士、経営陣同士の相性がよければ会社としての相性はよいと言ってよいだろう。企業文化や社風が最も個人に顕れているのは社長や経営陣だからだ。


オークションの勝敗を分けるのは相性であることが多い


相対取引においては、買い手は単独での検討の機会が得られ、買い手間の競争環境は存在しない。最終的な買収の意思決定をくだすための判断材料に対象会社との相性の確認は暗黙に入っていると思われるが、明示的に意識されることは少ないかも知れない。しかし、相性が良いと戦略的合理性の確認には自信が持てるし、相性が悪ければ全体としての違和感が生じて買収実行の判断に自信が持てなくなるなど、影響がある。

オークション取引においては、相性が勝敗を分けると思われることが度々ある。売却のアドバイザーを務めていると、マネジメントプレゼンテーションやマネジメントインタビューを通じて対象会社経営陣が複数の買い手候補と面談する機会を多く経験する。対象会社経営陣が買い手候補から受ける印象は明らかに幅があるのが通常である。相性があるためで、これはその後の買い手候補の絞り込みに大きく影響してくる。売り手としても、できるだけ相性の良い買い手に引き継いであげたいのが心情である。また、相性の良い買い手は最終的に最もよい条件を提示してくることが多かったり、最後の条件引き上げに応じることが多い。買い手としてのPMIの自信も高いためだろう。

買い手側のアドバイザーを務める場合においても、売却オークションでの経験と感覚から、買い手と対象会社経営陣との面談を通じて、オークションに勝てる水準の相性であるかどうかは意外とわかる。相性が良いと感じた組み合わせでオークションに負けた経験はあまりない。


買い手は下から目線がちょうどいい


買い手と対象会社がお互いの相性が良いことを確認するためには、相互に短期間に信頼関係を感じられることが大事である。お互いに懐疑心を持ったり、険悪な雰囲気で面談をしても、相性がよいと感じられることはないだろう。

買い手は下から目線がちょうどいい、という言葉をある先達から教えられ、小職もよく使わせてもらっている。買い手と対象会社は、取引後は資本関係とガバナンスにおいて親会社と子会社、株主と投資先といった上下関係となる。このメカニズムがあるために、買い手が放つ言葉と雰囲気は対象会社にとっては上から目線になりやすい。上から目線で面談をすれば、相性どころではなく反骨心や面従腹背を呼び起こすことになりかねない。

買い手なりの対等感を出せば足りるかといえば足りない。買い手から発する対等感は、対象会社からはまだ上から目線に受け取られ、警戒される。買い手から発する雰囲気は、下から目線ぐらいでようやく対象会社に対等感を与え、信頼関係構築、相性の確認に進むことができるのだ。オークションで複数の買い手候補と競争環境にあるときに、上から目線で圧迫してくる買い手と下から目線の配慮がある買い手のどちらに対象会社は相性の良さを感じるだろうか。

対象会社のことを本当に下に見ていたり、ネガティブな発言が思わず出てしまうようならば、そのような買収は取引も成立しにくいし、取引が成立してもPMIがうまくいかないだろう。そのような相性が悪い相手を買収すべきではないし、お互い様で先方も買収されることを望まないだろう。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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