IT前提経営®️ブログ

2022.05.20

「デジタルツイン」を観光産業はどのように捉えるべきか〜「IT前提経営®︎」と「デジタルツイン」の密接な関係〜

私が提供する大学院の授業の一つに「観光地域経済論」という科目がある。DXの専門家がなぜ「観光地域経済」をやるのか、と疑問を抱かれるが、実は観光地域はITと極めて相性がよく、レガシー産業だからこそDXの余地がたくさんあるため、スタートアップにも適している。私は、長野県白馬村に住まいの拠点を置いているが、そこで日々様々なDXに取り組んでいる。

こんな話をなぜ、この「IT前提経営®︎」ブログでするか。それは、観光地域が持つ「見えない資産」(Intangible Asset)のポテンシャルに着目しているからだ。この「見えない資産」の活用は、「遊休資産の活用」「新たなキャッシュポイントの創出」と並んで、観光地域経済論の3つの要素の一つで、かつデジタルと深い関係にあるため、今回はこの話を書いてみたい。

Intangibleとは、「触れることのできない」という意味だ。例えば白馬村には、パウダースノー、きれいな空気、雄大な北アルプス、新緑のにおい、などがある。これらの「資産」は、当然企業の貸借対照表には載らないが、実際には観光地としての白馬村の売り上げを作っているのは紛れもない事実だ。

蒸気機関ができて活版印刷ができてと、人類のTECHとの並走は長くハードウェア中心の重厚長大の歴史を歩んできた。観光で言うなら、ホテルの建物や送迎バスのような車両といったtangible、つまり「触ってわかる」資産が貸借対照表に載って、償却しながら売り上げを作ってきた。だが、社会がソフトシフトしてきた今、時代はビジネスモデルが変幻自在でキャッシュポイントの多いソフトウェアを重視している。

こうした認識を踏まえ、今回は、「デジタルツイン」について書く。IoTやAIなどを駆使し、現実世界から収集した様々なデータを、まるで双子(ツイン)のようにクラウド上で再現する技術(または現象)のことをいう。一般的には製造業の文脈で使われてきた概念でありシステムだ。製品を工場で製造をしている現場に、センサー(IoT機器)を沢山仕込むことでクラウドに情報をリアルタイムにアップリンクし、全量保存する。そうすると、サイバースペース上にリアルな工場のコピーがバーチャリーに再現される。

デジタルツイン
これがどう役に立つかというと、何かリアルな工場で製品の製造に問題が起きた時、それを人が探し当て、報告書を書いてから、予算をとり、担当部署に修理をお願いするといったプロセスを踏むが、デジタルツインであれば、リアル世界のリアルタイムのコピーをバーチャルの世界で再現できているため、何が起きているか「ハード上」ではなく「ソフト上」で認識でき、その対応手段もバーチャルのコピー上でシミュレートでき、その経験をもって、リアルの世界で無駄のない迅速な修理ができたりする。あるいは問題が起こる前に、バーチャルの世界で、その問題となる原因を事前に察知することも容易い。察知したなら、すぐに現場(リアル)へ行き問題が起こる前に対応できる。

実は、このデジタルツインは、今から52年前、有名な「アポロ13号」で実際に体現されていた。有人月面飛行を目指して発射後、事故を起こしつつも無事に帰還できた理由の一つに、NASAがアポロ13号とまるっきり同じコピーをラボに再現し、帰還するまでの状況をシミュレートして的確な指示を出すことができたとされている。そんな、事実上の「ツイン環境」は、後に映画化された作品でもそのハイライトとして忠実に再現されている。その後、同様に1991年には デビッド・ガランターがこのデジタルツインの概念を『Mirror Worlds』という書籍で発表しており、2002年にマイケル・グリーブスによってデジタルツインという議論に昇華している。

観光地域経済論の文脈でこの話を取り上げるのは、コロナ禍を経た今後の観光地域の未来を見据えた時、このデジタルツインがとても示唆に富んでいるとわかるからだ。

まず、昨今の観光産業論においては経済格差をマーケットとして捕まえることが重要になっている。経済格差が大きいとされる欧米諸国と比べ、日本はいわゆる中流社会が長かった。今後、日本においても格差が広がっていくとみられ、それは観光産業も直撃しつつある。観光の費用を払えない層は宿泊や移動の費用負担ができなくなる。そうするとVR(Virtual Reality ; 人工現実感)やMR(Mixed Reality ; 複合現実)、AR(Augmented Reality ; 拡張現実)などの技術によって、観光を自分のデバイスがある場所(部屋など)に連動させ、疑似体験をする可能性が出てくる。

今から十年ほど前に、「セカンドライフ」というメタバースが流行った。仮想の街にホテルやレストラン、あるいはバンジージャンプのようなアスレチックを作ったりしながらあちこちへ行って遊んだり同じメタバースにいる住人たちとコミュニケーションをとったりする。このシムと呼ばれる土地で、日本で一番人気があったのは実は足湯だった。足が温まらないバーチャルな足湯であるにもかかわらず人気で、そこで居合わせた人とチャットをすると楽しいから、本当の足湯には行かなくても足湯の醍醐味が経験できる。こうやって動かなくなった人は、ずっと自分の部屋にいる。動かなくても、お金がなくても、十分に「観光的」な行動が体験できてしまう。VRの訳語の1つに「人工現実感」というのがあるが、まさにそれだ。私は「IT前提経営®︎」の6大要素の1つである「モビリティーの向上」において、「人々のモビリティーが極端に向上した社会では、人はむしろ逆に動かなくなる」ということを繰り返し指摘してきている。過去のブログで詳しく書いたが、新著『続・まったく新しい働き方の実践〜なぜ働き方は自由にならないのか。DX未完了社会の病理〜』(ハーベスト社/2022)でも指摘させて頂いている。

観光学の概念の一つに、「確認行為」という人の動作がある。本で読んだり人から聞いたりテレビで見たりして温泉を知ったら、それを確認しにいく。その確認行為こそが観光と言われ、そのためには当然、一定の費用負担が生じる。従って、経済格差が進む社会において、費用負担が可能な層だけが、この旧来の観光学が指摘してきた「確認行為」を行うことができ、それ以外は、バーチャルの体験に止まる可能性が指摘されているのだ。

いみじくもコロナ禍において立証されたのは、わざわざ会社へ移動しなくても自宅で仕事ができるということだった。つまり、どこでも仕事ができるようになって場所から解放されると、人は一旦、動きながら働き続けると想定されてきたが(例えば、ワーケーションなどという官製用語に象徴的)結果、ITが前提となると、動かなくてよくなってしまうのだ。例えばN高やS高が出現したことによって両校で2万人以上が学び、そもそも昔から放送大学では学士号だけではなく、博士号すらもテレビで取得できた。弊社ガーディアン・アドバイザーズの業務も創業以来フルリモートでも行える。極端に言うならば、生まれてから死ぬまで部屋を出ない人がこれから出てくるかもしれない。2008年に封切られたアメリカの長編アニメーション映画『ウォーリー』では、汚れ果てた地球を捨てて巨大宇宙船に移住した人類が、まったく動かずにロボットを駆使して生活する世界が描かれている。

動くことを選ばない人が出現したとき、観光産業にどう取り込むかという観点からも、デジタルツインには処方箋を見出せる。自分たちのデジタル資産をしっかりとサイバー空間に構築して、それを消費してもらうような行動を作り出すことが必要だ。

きれいな空気や川やパウダースノーと言った資産を、動画で撮って、編集してサイバー空間に載せると、これらは企業の貸借対照表上でソフトウェア資産として認識される。白馬村の山々に登ると、風速や気圧、湿度や温度や積雪量などを計測するたくさんのセンサー(IoT機器)が設置されているのをよく見かける。それがリアルタイムに取り込まれて、勝手にサイバー空間に再現されていく。白馬村を全て再現して、白馬村に行かずして体感できるようになる。(実際、現時点でもInstagramなどのSNSで #hakubavalley というハッシュタグ検索をするとその一端が十分に経験できる。)私の友人が撮影した映像を、私の公式サイトにアップしているが、こういったドローン映像などは、もはや現地での確認行為を遥かに超えてなかなか得られないものを見せてくれてもいる。

 

観光の今のバージョン、つまり「観光1.0」や「観光2.0」だと、実際に人に来てもらう、つまり確認行為をしてもらうことがないとマネタイズできない。しかし、今盛んに「ソサエティ5.0」と言われているように、仮想空間と現実空間との両方を体験することができれば、極端な話、コロナ禍が続いても、観光産業はデジタルツインの中だけで十分に消費行動を促せるかもしれない。

要するに、私が提唱してきた「IT前提経営®︎」の6大要素の中の一つ、「AI*IoT*ビッグデータ」というのは、事実上デジタルツインを「構築する方法」のことを指している。IoTによって、無数にあるデータを採取してビッグデータ化して、それをAIが分析することで問題の解決する提案をする。こうした観点に立って観光産業をDXすれば、次の時代にあった形にアップデートできる。事実、コロナ禍における観光地域のデジタルマーケティングの普及は加速した。私たちはそういう可能性に満ちた社会に生きているのだ。

IT前提経営の6大要素

ちなみに、仮想空間と現実空間の両方を行き来できるといえば、いわゆるコンテンツツーリズムとしての聖地巡礼もソサエティ5.0時代の観光だ。「君の名は」に出てくる坂道だとか、「この世界の片隅に」の舞台だとか、映画という仮想空間の場所を現実空間で旅する。これも観光地域経済における、デジタルツインの一つの形なのかもしれない。

その土地の「見えない資産」をどうすれば「見える化」つまり「貸借対照表に載る資産」に転換できるか。そこに、DX時代の観光産業のポテンシャルが自ずと見えてくる。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー 兼 IT前提経営アーキテクト
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
続・まったく新しい働き方の実践〜なぜ働き方は自由にならないのか。DX未完了社会の病理〜(ハーベスト社)2022
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く(近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」(ハーベスト社)2017
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