Appleにみる、ソフトシフトによるビジネスモデルの変容

「ソフトシフト(ソフトウェアへのシフト)」について、このブログではその利点と欠点の切り口で幾度か言及しました。今回はソフトシフト化した時代のビジネスモデルの変容について、改めて整理しておきたいと思います。

ハードウェア中心のこれまでのビジネスモデルは極めて原始的な等価交換とロイヤリティーにもとづく二重の交換が主でした。一部、資産性の高いハードウェアの場合、金融によって「借りる」モデルが存在していましたが、いずれにせよ製品の生産者の視点からのビジネスモデルは変わりませんでした。

しかし、ソフトシフトした社会においては、主に昨今「サブスク」モデルが結果として現れてきました。この点において重要なのは、生産者の視点ではキャッシュポイントが増えることです。

言うまでもなくAppleの事例が分かり易いでしょう。かつてはMacintoshやiPhoneを購入(等価交換)して終わりでしたが、信者のごときファン(私もそうですが)が居るため、いわゆる二重の交換が発生し、熱心なリピーターができます。そしてAppleがソフトシフトに対応しだすと、Apple Music、Apple TV、Apple Arcade、iCloudなど、どんどんキャッシュポイントが増えていき、それら全てがソフト(クラウド)でintangibleなため、課金形態もサブスクリプション型になってくるのです。これにより経営学的には不確実性の「不」が取れていく一方で、ユーザーとしては(信者はさておき)オルタナティブの選択がし難くなっていくのです。さらにはハードウェアとしてのMacやiPhoneすらも、冒頭でお話した「借りる」モデルにすべくApple Care+などのサービスが登場し、これにおいて、Appleのビジネスモデルは完全に「ソフトシフト対応」が外形的に完了したことになります。

いわゆるSaaSのビジネスモデルは、指数関数的な伸びを示す傾向にあり(例えばT2D3などの言説もこれです)投資家からも好まれるので、ハードメーカーが次々とソフトシフト化に血動を上げるのも無理はありません。
T2D3:(triple, triple, double, double, double)SaaS(Software as a Service)ビジネスにおける売上拡大目標の考え方。売上を毎年3倍(triple)、3倍、2倍(double)、2倍、2倍と拡大し、5年で72倍を達成できると良いと言われている。

ではどのハードメーカーもすぐにソフトシフトできるものなのでしょうか。そんなことはありません。AppleであってもiTunesのUIの苦労を見ればわかる通り、ハード屋にとって、ソフト屋の理解はなかなか難しいものがあります。そこに携わるエンジニア文化(ウォーターフォール文化とアジャイル文化の違いなど)も全く異なりますので、ハード屋のソフト屋化には大きな組織改革が伴います。テクノロジーを扱ってきたハードメーカーがDXに苦労するという、一般的には非常に分かり難い現象も、こういったエンジニア文化によるところが大きいと言われています。

ハードウェア起因のビジネスモデルをソフトウェア的に変革する難しさは、ビジネスモデルを描くことの容易さに対して、実践が相当難しいということです。多くのハードメーカー発のソフトサービスが途中で中止になった過去を見れば、その難易度の高さは一目瞭然です。DXを因数分解すると「文化の更新」「科学の導入」「人事戦略」であると申し上げてきた通り、同じテクノロジーを扱うハードウェアメーカーにとっても、ソフトシフト化した社会に適応すべく行うDXは、車メーカーの現状を見ても分かる通り、それまでテクノロジーに縁のなかった事業会社のそれと相当程度難しいのかもしれません。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー 兼 IT前提経営®アーキテクト
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く(近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」 (ハーベスト社)2017
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