M&Aコラム

2022.03.29

M&Aにおける秘密保持のこれまでと今後

M&Aにおける秘密保持のこれまでと今後M&Aにおいて秘密保持が重要であることは言うまでもないが、秘密情報の考え方や秘密保持の仕方は時代とともに変化している。過去には日本において禁忌のように扱われてきた会社の売却は、今や戦略的選択肢や事業承継という言葉で世の中に受け入れられている。ペーパーレス化が進み情報がデジタルデータになったことで、閲覧場所の限定や複製防止で情報の漏洩を防ぐ実効性は薄れている。M&Aにおける秘密保持について、平成からの振り返りとともに、DX時代におけるあり方までを考察してみる。


M&Aに関することは一律すべて秘密情報だった時代

20数年前、大学新卒で証券会社のM&A部署に配属された際に、いの一番に教え込まれたのが情報の守秘であった。部署内で知り得たあらゆる情報は秘密情報として、社外の知人・友人・親族はもちろんのこと、社内他部署にも口外してはならないという。何が秘密情報かといえば、見聞きしたことすべてであるという。そのような、すべて秘密情報とみなすところからスタートした。

顧客訪問の際にはM&Aの用事と推測されないようにみだりに部署名を名乗らないこと、証券会社が出入りしていると受付ロビーで他社訪問者に知られないように社章を外すこと、など今からするとかなり意識過剰な対応を取っていた。とりわけ売却という言葉はタブーであったので、提案や打診の際には企業提携といった曖昧な言葉を用いていた。

この当時は、企業がM&Aを実行するということ自体に今よりもニュース性があったからか、M&Aに関連することはすべて秘密情報扱いであった。ある会社の役員がM&Aに関心を持っている → M&Aを検討しようとしている → M&Aを実施する可能性がある → 一大事だ、ぐらいの飛躍した憶測が行われる時代であった。

単に、駆け出しの新卒に秘密保持を徹底させるためには、一律すべて秘密情報と扱え、という教育の方が安全だったのかも知れない。しかし今でも、一律秘密保持の「精神」はM&Aに関わる場合には重要と考えている。


秘密保持を約束する関係者たち

M&Aにおける秘密保持契約には、まず契約の目的がある。「甲による乙子会社である対象会社の買収等の検討を目的として」などとうたわれる。検討段階とはいえ、当事者の名前とM&A取引に向けた意志が明記されるので、これ自体が秘密情報である。そして、目的のために相互に開示される情報のうち典型的には以下の4要件に該当しないすべての情報が秘密情報となる。

  1. 開示された時点において、受領者が既に了知していた情報
  2. 開示された時点において、既に公知であった情報
  3. 開示された後に、受領者の責めに帰すべき事由によらずに公知となった情報
  4. 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく取得した情報

きわめて粗い言い方をすると、

  1. すでに知っていた情報
  2. 公開情報
  3. 他の人から聞いた情報

以外はすべて秘密情報ということになる。

なお、秘密保持契約は、買手と売手など取引当事者の間で結び、取引当事者ではないアドバイザーは契約主体に入らない。アドバイザーは雇い主(買手または売手などの一方)に秘密保持を約束するが、相手方と直接は契約しない。アドバイザーが雇い主に約束する秘密保持義務は、通常はアドバイザリー契約の中で定める。秘密保持契約書として結ぶ場合もあるが、その場合には目的が「〜の買収等の検討のためのファイナンシャル・アドバイザーの任用検討を目的として」などと限定する。
よって、関係者間の秘密保持は、
売手 ←秘密保持契約→ 買手 ←アドバイザリー契約→ 買手のアドバイザー 
という関係になることがほとんどである。この関係を成立させることによって、秘密保持を法的に担保する。


秘密保持契約締結前でも、秘密情報水準の情報はやり取りされる

実際には、秘密保持契約を締結する前から具体的なM&Aの意向や関心、経営情報、財務実績、事業計画などの開示が、さまざまな関係者によって行われている。今はM&Aに関することは一律すべて秘密情報とみなすような時代でもないということや、むしろ機敏な活動を行うことのメリットの方が大きいなどが理由となっているからだと考えられる。

一律秘密保持の精神の者は、情報提供者のあずかり知らないところへ情報展開を行うことはない。情報展開を行いたい場合には必ず目的と内容について事前了解を得る基本動作が身についている。そのため、秘密保持契約を締結しなくても、常識としては秘密保持が保たれる。

情報を提供する際には、その相手に一律秘密保持の精神があるかどうかを常に慎重に見極めた方がよい。秘密保持への姿勢には、企業や個人によって濃淡があるため、やはり一定以上のM&Aリテラシーがある者同士でなければ簡単には情報共有すべきではないだろう。

自分のあずかり知らないところで情報が使われるおそれは抑制した方が良い。売却意向や買収の関心について、金融機関が融資等の判断や他の会社への営業や提案に使ってしまうかも知れない。上場企業であれば、予期せぬインサイダー取引の原因を作ってしまうかも知れない。取引先や一般社員に憶測を広めてしまうかも知れない、など。数えれば切りがないほど、情報を勝手に使われるデメリットは大きい。


秘密保持契約の締結は、組織的な検討に入るまでには行うべき

一律秘密保持の精神を持つ者だけが関係者なら、秘密保持契約がなくても問題は生じない。そのような密室取引が行われていた時代もあったかも知れないが、今はM&Aの検討は通常行われる企業活動として、経験がなかったり浅い方々も含めて関係者が多数にわたる。そうなると、やはり、取引に関係する各法人とその役社員に対して法的ルールとして秘密保持義務を課す契約は欠かせない。

ではどの段階で秘密保持契約を締結すべきなのか。M&A取引の実現に向けた組織的な意思決定のステップを踏み出し始める時というのが私見である。担当者ベースではなく、売手と買手の当事会社の適法に授権された押印者/署名者が、具体的なM&A取引の検討を目的とした契約を締結するというのは、M&Aの取引主体者が原則として法人であることに鑑みても大事なスタートになる。

意向表明書や基本合意書となると、具体的な取引価格等までを記載する必要があり、より上位の意思決定が必要となるが、秘密保持契約書であれば取引検討までの意思決定レベルで一定の法的安定性を得られる。このルール設定により、情報のやり取りを活発化できるし、お互いに真剣な検討を進められる。逆にいうと、相手側から秘密保持契約書の締結を拒否された場合には、相手側における組織的な検討が行われていないか、実は真剣に検討する気がないと判断した方が良いかも知れない。


DX時代の秘密保持の今後

昨今リーガルテックの進歩が日進月歩であり、契約書のデータベース化、電子署名、AIによる内容チェックなどのクラウドサービスが進んでいる。サービスの浸透に伴い、秘密保持契約の締結の煩雑さの解消やスピード向上がさらに進み、今後、秘密保持契約の締結量は増えるのではないかと思っている。

そうなると、一律秘密保持の精神を持った関係者かどうかを属人的に見極めて慎重に進める段階はますます減り、手早く秘密保持契約を締結して先に話を進めるようになるかも知れない。つまり組織的検討に入るスピードが向上するかも知れない。

一方で、やり取りする情報がデジタルデータになり、目的外の複製・共有・頒布は、可能性としてはより起こりやすくなっていることから、関係者が利用する端末やサービスへの認証やアクセス制限の技術の適用はますます重要になる。

一律秘密保持の精神をDXにいかに反映させていくか、反映できるのか?についても、引き続き注視している。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 経営推進グループオフィサー
佐藤 創