M&Aコラム

2022.02.09

バリュエーションだけで買収価格を決めるのは難しい

バリュエーションだけで買収価格を決めるのは難しい今や世の中にはM&Aの実務書が多く出回っており、その中では株価や企業価値を評価するバリュエーションについて大抵言及されており、バリュエーションのみを扱った書籍もある。しかし、買収価格の決め方=プライシングの手法はなぜかほとんど紹介されていない。バリュエーションだけでは買収価格を決めるのは難しく、またそれだけで決めるべきではない。


バリュエーションは買収価格の決断を導いてくれない

企業価値や株価の算出手法であるバリュエーションは、M&Aの買収金額を決めるための重要で強力な分析手法であることには間違いない。実務的にはDCF分析、類似会社比較分析、類似取引事例分析などを組み合わせて用いることが多いが、それだけに限らない。バリュエーションの種類と計算方法だけで、専門書を1冊以上(?)書き上げることができる。バリュエーションは、M&Aの買収価格検討の基本となる専門知識である。

バリュエーションの計算の精度を高めようとすると、事業計画の策定と精査、多くの類似会社や類似取引の情報の収集・選択などの作業を必要とする。事業計画は個社固有のものでありロジックや確からしさを追求する必要があり、類似会社や類似取引の選定も個社にあわせたロジックや確からしさの追求が求められる。これらはバリュエーションの基本となる実務であり、手法を習得するよりも経験・知見を要する。現状はこの段階で、実務書のレベルを超えており、実務者のノウハウの領域になる。

このような努力を経てバリュエーションを行うことで、対象会社の株価は算定される。しかし、それではいくらで買えばよいか、実はまだ決められない。これらのバリュエーションを行うと、手法毎の計算結果が得られる。そして、各手法毎に前提条件により計算結果に幅(レンジ)があらわれる。DCF分析では100〜120億円、類似会社比較分析では80〜110億円など。さらに、今期予想利益をもとにすると、来期予想利益をもとにすると、アップサイドケースをもとにすると、ダウンサイドケースをもとにすると、、など多様な計算結果が得られる。これがバリュエーションである。

多くの専門性や実務努力を差し置いて敢えてざっくり言うなれば、バリュエーションというのは相場に照らし合わせているに過ぎない。すべて、評価対象の財務情報と資本市場の情報を掛け合わせることで、買収対象の価値を算出する手法と作業である。どこまで行っても、坪単価いくらとするとこの土地は何坪だからいくら、という計算と本質的には変わらない。この土地は何坪だからいくら、という情報がわかったからといって、いくらで土地を買うという判断ができるだろうか。


買収価格を決めるために必要な方法

では、いくらで買うか、という段階になるとプライシングの話になる。バリュエーションは対象会社の価値算定であったが、プライシングにおいては、買手の立場を加味する必要があり、具体的には、①買手の利益への影響と、②買手の財務体質への影響を検討する。この分析は、ある価格で買収した時の買収後の連結財務諸表を試算し、①の利益の変化と②の財務比率の変化を得ることでなされる。のれんの計上で営業利益や1株あたり利益が希薄化しないか。買収資金の調達により過度に財務体質が悪化しないか、何年で財務体質が正常に戻るか。そういった制約条件を踏まえた買収価格のレンジを明らかにする。

これは米国の投資銀行ではMerger Modelという手法によって伝統的に行われてきた分析手法なのだが、なぜか日本では実務でもあまり行われておらず、日本語のM&Aの専門書にはほとんど掲載されていない。バリュエーションでは相場観しかわからないため、プライシングの実務では、買収価格毎に相場観に加えて買手の収益・財務への影響を総合的に一覧するために、PPT(Purchase Price Analysis)またはAVP(Analysis at Various Prices)と呼ばれる表を用いた買収価格分析を加えることで、買手として払える価格を判断することができるようになる。買手として払える価格を算出する材料としては、上記に限らず買手に固有の制約条件を加えることができる。合併においては合併後の株主構成や取締役会構成であるとか。

実際に買収価格を決めるためには、相場としてのバリュエーション、買手が払える価格の分析に加えて、さらに交渉状況や競争環境を踏まえて売手が応じられる価格を提示するというエイヤ!の決めの局面が最後には結局訪れる。しかしながら、相場だけをみて、自分を見ずにエイヤ!してしまわないようにプライシングの工程を大切にするのは極めて重要である。買収価格の決定にはバリュエーションでは不足し、プライシングのための分析までする必要があるのだということを知っておき、心がけることで、事業会社のM&A担当の方々は自信を持って経営陣に経営判断の材料を提供できる。また、アドバイザーはそれを当然にサポートできるべきと考える。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 経営推進グループオフィサー
佐藤 創