新型コロナがもたらしたM&A実務のニューノーマル化

新型コロナの感染拡大の波に幾度も襲われる中で、リモートワークが日常化したり、リアルなつながりの希薄化に戸惑ったりと、働き方が大きく変化した。その大きな流れにおいて、M&Aの現場の実務もニューノーマルへと変化してきている。

レコフデータによると日本企業のM&A件数は、2019年の4088件からコロナ禍が始まった2020年には3730件と9年ぶりの減少を経験した後、2021年には4280件とコロナ前を上回って過去最多を更新した。四半期でみると、2020年4-6月には前年同期比▲22%減と大幅に減少した後、7-9月は同▲7%減、10-12月は同▲1.5%減と減少幅を縮め、2021年1-3月にはコロナ前と比較してもプラスに転じた。新型コロナによるM&A活動へのマイナス影響は2020年のうちには吸収されてしまい、2021年からはニューノーマルに移行したと思われる。

M&A活動が一時的に減少した理由として最も大きいと考えられるのは、コロナによる急激な市場環境の変化に対して戦略変更が必要となり、買い手企業が買収の意思決定をできなくなったことにある。そこには、多くの企業の経営陣や経営企画部門が自社の中長期戦略の練り直しを優先することになったこともあれば、買収対象企業の事業の見通しを立てることが困難になり合意可能な買収価格を提示できなくなったことなども含まれる。これについては、肌感覚として、多くの企業が2020年の夏以降から年末にかけて、ニューノーマルを見据えた戦略の練り直しを完了し、2021年にはその実行フェーズに移行できたように思える。企業の持続力には改めて感心させられる。

M&Aに従事する立場としては、M&A活動の回復要因として、意外にもスピードが早かったと振り返ると思えることがもう一つある。それは、M&Aの実務におけるニューノーマル化である。つまり、M&Aの意思決定や実行のために一般的に行われる、候補企業への打診、デューデリジェンス、売買契約書に合意するための交渉など、M&Aのプロジェクトの現場における働き方が急速にリモート適応したことである。

M&Aのプロジェクトは、関与する会社の数、関係者の数、取り扱われる情報や資料の量、必要な調査や分析の量、コミュニケーションや協議・調整の複雑性や量などから、比較的複雑で難易度の高いプロジェクトに属すると思われる。また、意思決定の対象となる金額が大きいため、売買当事者や関係者間の信頼関係の構築、入念な調査検証や意思決定プロセスを要することが多い。事実、コロナ前においては、1時間の重要なミーティングのための半日ないし1日出張さらには海外出張はもちろん、10-20名の社内外の関係各社が集うミーティングや報告会は頻発し、オフィスを詰め所としてのプロジェクトチームでの分析・調査作業、大量に印刷される資料、頻繁に鳴るデスクの電話。結果としてプロジェクト期間中は長時間労働が常態化する傾向にあった。

それが、水際対策や緊急事態宣言により、海外出張が不可能となったことを皮切りに、国内出張も事実上困難になり、大人数でのミーティングもNG、さらにはオフィスへの出社もできなくなった。これでは、経営の意思決定以前に、世の中のM&Aの実務プロジェクトが進まなくなってしまうのではないか、という危惧が正直なところ当初は生まれた。しかし、蓋を開けてみると、M&Aの当事者である事業会社や投資会社も、支援する金融機関やアドバイザリー会社、専門家も、見事にリモートでM&Aプロジェクトを遂行している今日がある。オンラインミーティング、ペーパーレス化、クラウド化、ビジネスチャット、タスクマネジメントなどの業務環境から、分散ワークのための評価制度、人事管理などの工夫を経ることで、むしろコロナ前よりも相当程度、M&Aプロジェクトの業務効率化が進み、スピード感が向上するという、DXの恩恵を受けている。そして、M&A従事者の働く環境はかなり改善された。

思えば、M&A実務における業務環境は、常に合理化・生産性向上を追求してきていた。個人的な体験としても、2000年代前半から電話会議やビデオ会議は日常的であったし、2000年代半ばからはBlackberryによりメールのモビリティをいち早く導入したし、VPNによるリモートPC作業も可能であった。海外との案件であれば、海外の創業家の売り手と買い手日本企業の案件担当役員がビデオ会議で初顔合わせし、クリスマス休暇でバケーションに入ってしまった売り手と電話会議で最終条件交渉を行い、売買契約書の調印をPDFで取り交わすということも2000年代からやっていた。実はM&Aプロジェクトはリモートワークとの親和性が高いことは当時から実証済みであったと言える。それでもM&A従事者の深夜までの長時間労働は常態化していた。すべての案件でそのような実務が行われるわけではなかったし、気軽に出張に出かけることが良いこととされていて、オフィス勤務が前提となっており、クラウドストレージやビジネスチャットは発達しておらず、Zoomレベルのオンラインミーティング環境はなかったなど、色々な理由が考えられる。結局、一番大きかった要因は、世の中がまだリモート慣れしていなかったことかと思う。

コロナ禍によりニューノーマルへの適応、リモートワークや分散型ワークへの移行を世の中が余儀なくされたことにより、図らずも、M&Aプロジェクトは効率化が進むこととなった。企業がニューノーマル時代の事業戦略と共にM&A戦略の方針もかため、その実行プロジェクトのDX化も進んでいることから、今後ますますM&A案件は量もスピードも増えていくと考えている。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 経営推進グループオフィサー
佐藤 創

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