対談記事

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迅速な判断と小規模ベンダーで最短距離のブランド立ち上げ実現
「低コスト・シンプルなIT実装で事業価値を高めることが重要」


鏑木政俊氏
/ハドソン・ジャパン代表取締役社長
高柳寛樹/ガーディアン・アドバイザーズIT前提経営®️アーキテクト、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科准教授


東京都内を中心に約1千棟、15,000室規模で展開されていたシェアアパート物件を取得し、今年「TOKYO β(トーキョーベータ)」にリブランドした「ハドソン・ジャパン」。東京生活の第一歩の「仮住まい」をコンセプトとしており、デジタルネイティブ世代を中心に支持を広げています。大規模な物件取得からブランド立ち上げまでのスピード感の背景には、なにがあったのでしょうか。

 

案件概要

家賃は3〜7万円台、敷金礼金無料で家具家電付き。そんな部屋を都内中心に15,000室展開するTOKYO β。WEB サイト運営、物件管理システムの構築、デジタルマーケティングといった点で、ガーディアン・アドバイザーズがDXアドバイザーとしてプロジェクトに参画している。


ハドソン・ジャパン

米ファンドのローンスターグループ傘下のアセット・マネジメント会社、ハドソン・アドバイザーズの日本子会社。私募ファンドのアセット・マネジメント業務等を行うほか、事務代行、資産適正評価、経営コンサルティング業務などを展開している。

■シェアリングアパートという「社会インフラ」


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物件数約1千棟、部屋数約15,000という大規模な事業再生案件です。

鏑木氏(以下、鏑木) シェアアパートをめぐる投資トラブルで破綻した個人投資家の取引銀行が所有する債権を売却するディールがあったんですね。全体で1,200〜1,300棟規模と見ていたのですが、第1弾350棟分の入札に我々が参加したのが最初です。債権の入札が開始されたのが2019年夏ごろで、決済は20年3月25日。まさに新型コロナウイルスの流行が始まったころでした。

コロナ前の賃料が高かった時点で札入れし、決済時は流行後。取得時9割近かった稼働率が63%まで落ちていた(2020年10月)ので、第2弾は競合者が少なく、価格を抑えることができました。最後の第3弾が始まったのが21年夏で、第1弾同様ヒートしたのですが、すでに我々としては実態が把握できていて、どこにアップサイドとリスクがあるかを押さえた上なので、1〜3弾を合わせたポートフォリオを元にビジネスプランを持って入札に臨んで落札し、今年3月に決済したという経緯です。

 

 

――当初から、全棟まとめたポートフォリオというシナリオではなかったのですね。

鏑木 1、2弾合わせて700棟を本当に個別で売れるのかという議論がファンドの投資委員会でありました。チームの内部でこれらの物件をどうしていくべきか議論をし、シェアリングビジネスの一環に位置付けることになりました。

当初は、収益不動産として入居者から賃料をもらい、経費を負担してオーナーに家賃収入があるという一般的なカテゴリーで考えていましたが、1棟約1億円ぐらいのシェアアパートの投資案件が350あるのを塊として見ていく。1棟各1億ではなく計350億円の物件として見るというシナリオに変えたんです。弊社はこれまでも、150棟をまとめて取得し、1棟単位で売却した経験があります。時間はかかっても出口を迎えられる算段で始めましたが、1千棟となると状況は違いますので、ポートフォリオベースで売却を検討するビジネスプランに変えて、第2弾を買いました。

アパートを7万円で借りると一時金として4〜6カ月分が必要ですし、家具家電も買わないといけない。これに対して、シェアアパートは基本的には家具家電が全部付いているし、入居一時金も少なく、簡便に入居も退去もできる。入居者には、日本語学校の生徒さんや地方から出てきた方が多く、一つの社会インフラになっていることがわかりました。

高柳 ポイントは、いわゆるシェアリングエコノミーの一つの形態であるということ。若い世代はモノを所有せずにシェアします。寝るところは自分だけのスペースですが、キッチンもシャワーもシェア。鍵などは全部スマホで、その中に各種サービスが追加されます。TOKYO βは、ベッドと勉強机、テレビが個人のスペースで、それ以外は共用です。

鏑木 シェアアパートでは、シェア部分は、清掃したり、消耗品を補充したりしなければいけない。入居者側からするとシェアリングエコノミーの一環ですが、管理側からするとホテルとオペレーションが一緒です。蓋を開けると200社ほど入っていた管理会社を、3年かけて3社に集約しました。



■「時間がない」という制約の中で


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今回のプロジェクトへのガーディアン・アドバイザーズの関わりは。

高柳 ターゲットの客層も若いし、シェアリングエコノミーなので、ITとの親和性があるのではないかと考えました。加えて、1千棟を管理するのは、ITの力を借りないとできない。いわゆる基幹システムといわれる、物件や契約を管理する業務システムと、お客さんが使うアプリと、入居を検討している人たちが検索して部屋を探すポータルサイト。この3つをディレクションさせていただいています。

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本件のポイントは、時間が全然ないこと。大手ITベンダーを使うとコストに加えて時間がかかるということで、優秀な個人、優秀な中小ベンダーを我々が集めて組織することでやらせていただきたいというのが最初の提案でしたね。通常この規模だと、誰もが知る大手が入ってくるものですが、それを一切入れずにやらせてくださいと私が言い、そのリスクを飲んでいただいた。

鏑木 不動産にとってITは最も遅れている部分です。数年前、「不動産×IT」について勉強しようと思い、不動産テック協会に入りました。さまざまな会社と議論する中で腹に落ちたのは、不動産もパーツパーツでは相当いろんな部分が IT化されているということ。鍵の件や、物件検索、全国の登記情報のデータベースとかでITがすでに入ってきています。

 

350棟を個別売却する構想のときは、ITは頭にありませんでした。でも、第2弾も取得して700棟をポートフォリオでやるとなるとそうはいかない。入居者情報や契約期間、特約の有無などの情報を羅列したレントロールという資料があるんですが、通常、多くて100室なので100行のレントロールで済むところ、1棟10室のものを350、700棟分、毎月管理しないといけない。我々は毎月1回管理会社から直近のレントロールをもらうんですが、その手作業を3社でやるのも大変。 でも、ITならできるはずだと話しているとき、今回オペレーターとして参画している取引先から、「高柳さんに相談すればいい」と言われました。

高柳 大量の物件を毎月効率的に回していくのにITが向いているということに鏑木社長が気づかれたんですね。そもそも1棟10室で1千棟、みたいなものは世の中にないんですよね。

鏑木 最初にご相談したのは、入金管理とレントロールを統合したレポートが自動的に生成されるデータベースの話でした。それプラス、ブランドをどうするか。マイナスイメージを払拭しないといけないので、まったく違うブランディングにしたい。ブランディング、表に出るポータルサイト、裏のデータベースというのを通しでみていただきたい、と。



■2、3年で結果を出すために


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他の選択肢も比較検討をされたりしたのでしょうか。

鏑木 ガーディアンさんは何が課題かをすぐ理解し、依頼者のニーズを的確に捉えてゴールへの最短距離を示してくれると聞きました。我々投資ファンドは、10年、20年というスパンではなく、3年程度で結果を出さないといけない。第3弾が見える中で早く仕立てなければというのがあり、22年中にはすべて完了できているというスピード感が必要でした。システムを構築し、きちっとオペレーションされている状態を22年中に作りたいという話を、20年の後半か21年にしています。具体的に動き始めたのは21年の中盤、3月、4月ぐらいでしたか。

高柳 最終的に、サイボウズのkintoneを基幹システムで使っていますが、私が提唱しているいわゆる「No Making, Just Using」で、1から作るのではなく既存のものを最大限使っていく、その中でどうしても必要なものはカスタマイズしていきましょうと、最初の会議で説明し、その場でご了解いただきました。次の日にはもう、ベンダーを選定していましたね。

最終的に、基幹システムの主な部分はリリースに間に合い、今は機能を追加したりブラッシュアップするフェーズです。TOKYO βのポータルサイトと連携する管理システムだけでなく、入居者が使うアプリ部分も連携していこうとか。連携についてもAPIエコノミーの発想をすることで結果として短期間、低コストを実現しました。レントロール一つひとつに個人との賃貸契約書があるわけですね。エクセルの発想だと1行ずれたら全部終わってしまう。管理会社3社のデータを連携する際も1行でもずれたら全部終わる。この緊張感はかなりありました。

 

――ハドソンさんとガーディアンで意見が異なる場面もあったのでしょうか。

鏑木 本当は22年の繁忙期、3〜4月を立ち上げの目標にしていたんですが、それは無理だと言われ、今年いっぱいかけて。来年の繁忙期には完全に実装されたものがフルで生きてくるという感じですね。このスピード感の部分だけでしょうか。

高柳 鏑木社長には定例の会議に出席していただき、判断を求めたらすぐその場で決めていただけたんですね。大企業のDXとなると承認プロセスに数ヶ月かかり、歩みが遅くなる。その瞬間に決めていただけるのはファンドの特徴でもありますが、ありがたいですね。

鏑木 おそらく、シェアアパートのような業態に外資ファンドが取り組むのも初めてなんですよね。誰もやったことがないということは、やろうとした人が前に出ていかない限り物事は決まらない。だから「こういうことをしたい」という思いを先にこちらから伝えました。ブランドにしてもシステムにしても、僕が考えを高柳さんに直接伝え、「こうなりそう」「いやこっちにして」と議論できているので、話が広がりそうな部分も狭いところで決められました。

高柳 Instagramでハッシュタグを流行らせながらシェアリングサービスがついてくると、本当は賃貸に入りたいのにお金がないからという後ろ向きではなくて、むしろ積極的にシェアアパートに入りたい、みたいな感じになりました。モノを持たない、そういう今の社会で、ITを含めたファンドさんの企業価値として見えないアセットになればという視点で仕事をさせていただきました。

 



――若い世代の志向も取り入れた新しい生活スタイルですが、手応えは。

鏑木 かなりいいです。TOKYO βが、シェアアパートの一つのブランドとして表に出てきている感じはします。不動産の部分は、仮にブランドを変えようがオペレータが200社いようが、アセットマネージャーがきちんと管理できれば、ちゃんと安定稼働ができてコントロールできるんです。外の人から見たとき、シェアリングビジネスの新しい形として見ていただくためには、裏付けになっている不動産収益の安定が必須ですが、この部分は自信があります。それ以外の部分、ブランドやポータルサイトなども形になってきています。次の繁忙期で一気に定常状態に戻せる自信はあります。



■事業価値向上に貢献できるITとは


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ガーディアン・アドバイザーズのディレクションは今後どうなりますか。

高柳 我々のお客様はあくまでもハドソン・ジャパンさんですので、当該事業の価値を上げることに着目します。当然、方法はいくつかありますが、一方で、15,000人に上る入居者の管理コストをミニマイズするのもITの大事な仕事です。安定してミスなくできるところで、プロジェクト全体の価値を上げていきたい。そうすることで、投資ファンドであるハドソン・ジャパンさんからすると、事業売却の際に価値が上がりますよね。例えば大手のベンダーがついていてITは何億円となると事業売却の際に問題になります。実装するITを、コストを軽くして仕組みを単純にすることで企業価値を高めることは重要です。

 

――今後は、どういった部分で改善をしていくのでしょうか。

高柳 いったん入居しても、そこの物件が飽きたらTOKYO β内で住み替えができるという仕組みは、ユーザーに響くじゃないですか。おそらく賃貸の法律上色々クリアしないといけないことはあり、基幹システムで相当パワーが必要となり、業務側の負担が大きすぎて通常はできないけどITならできます。

 

 

鏑木 あと、入居者との一番の接点はアプリです。日常的に使う鍵がアプリの中にあると、1日1回は必ず見ますよね。このアプリに色々なものを紐づけることができたら効率がよくなる。既存のものを使おうということで、BitkeyさんのHomehubを使っています。それに、もう少し色々なものをつけて入居者アプリに仕立てようと。あんまり広げるよりシンプルに使えるようにやっていますが、今後改善の余地が出てくるかもしれない。

高柳 やれることが無限にありますね。鏑木さんはとてもアイデアマンなので、これもいきましょう、あれもやりましょうと。こちらが「ちょっと待ってください」みたいになってしまうかもしれません。




※この対談は「WeWork リンクスクエア新宿」にて行われました