続・働き方改革の本質〜「場所・時間からの離脱」と「複業」〜

こんにちは、高柳です。

とにかく、コロナ禍になって「働き方」についての取材や執筆依頼が増えました。これといって働き方に詳しいわけでもないのですが、今から12年ほど前、経営していた会社を「ノマドワーキング化」したことが当時は物珍しく、日経ビジネスをはじめ新聞各紙に取り上げて頂きました。2017年にその実践を書籍( まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」 )にまとめさせて頂きましたが、図らずして再度アウトプットするタイミングになったのだと思います。

今回はこの「働き方」を、私なりに因数分解をしようと思って筆を取りました。「働き方」を構成する要素は多数あります。ただその本質は大きく2種類しかなく、つまり「場所・時間からの離脱」と「複業」です。

もう少し具体的にしてみます。テレワークを全世界、特に日本全体が経験した今(北欧では大昔から当たり前のことでしたがその話はまた機会があればします)、「場所」からの離脱は理解できるが「時間」から離脱されては困る、というのが、経営者や中間管理職からよく聞かれる言説です。もちろん、その会社において、社員が勝手に「時間」から離脱されては大変なのは理解できます。しかしここで言う「時間」はその人がある1つの仕事で働く単一の時間のことを言っているのではないのです。

かつて経営していたITの会社で社員から「ブログを書いていて、そこから収入を得ているが会社に報告する必要はあるか」という相談を受けたことがあります。この相談をした人のブログには広告が掲載されており、一度書いたブログが24時間365日の営業マンとなり、稼いでくれている訳です。ではこの人がどこで「労働」、つまりブログの執筆を行なっているかについて聞いてみると、業務時間外や土日だと言います。私としては会社の業務に差し障りなければまったく問題ないし報告も不要、と伝えた訳ですが、つまり彼は「時間」から離脱して「副業」ではない「複業」を実践していたことになります。正確には「彼」ではなく「彼の分身としてのブログ」そのものが、です。

この話は、まさに IT前提経営®️の6大要素の「デジタルマーケティングの適切な導入」 そのものではあるのですが、多くの方が「複業」を「副業」と捉えるので、そこに「時間」の取り合いの概念が入り込んでしまい、めんどくさい整理が必要になっているのです。しかしここで事例を示したような「複業」であれば「時間」の概念から開放されるため、給料を支払ってる身としても、何ら問題にならないのです。

一方で、複数の組織に所属して、複数本の事実上の時給の仕事を抱えてしまっては、1日24時間の中に収まらなくなってしまうため、これは「働き方」としても、その人の所属先の人事管理としても最悪です。多くの場合はこの最悪の事例を標準として想定してしまっているのが、この問題の理解が進まない理由です。

またこの「複業」を支えるのが「場所」からの離脱になります。私は今から30年近く前に、大学の研究室で研究をしながら起業したため、そもそもオフィスのような場所から離脱した状態で社会人生活を送ってきました。場所からの離脱が「複業」を支えることは経験的に理解していたのです。そういう意味では、1990年代半ばから今の今まで、私の仕事のすべては「ノマドワーク」(私は「テレワーク」は場所の離脱からの制約が大きいため「ノマドワーク」と区別して使っています;詳細は こちらの記事 を参照)に支えられた「複業」ですので、このコロナ禍でも生活はまったく変わっていないと言っても過言ではありません。

事実アカデミアにおいても、当時コロンビア大学に所属していた故・ マイケル=ハウベン 氏の ネチズン (Netizen=Net+Citizenの造語)に関する各種エッセイや、社会学者の 公文俊平 氏の「智民による智業」の考え方は、今で言うオンライン(当時はサイバースペースと言う言葉が多く用いられていました)での仕事が前提に論じられており、ここで整理した2つの「働き方」の因子とかなりの部分が重なるのです。

コロナ禍がどのように影響したかは別として「働き方改革」と「副業」の文脈が同時に走る意味は、この辺にあるように思います。しかし「副業」ではなく「複業」が重要であったり、その背景にある、私たちの働き方を支えるIT技術のことだったりを、丁寧に整理しないと、それぞれの因子だけ捉えても、説明がつかず、ゴールもわかりません。

従って、1回目の緊急事態宣言中に サービス学会からの依頼で書いた緊急寄稿 には、このテレワーク現象は、企業側がその本質を理解しないため、つまりは、企業組織がその文化変容を本気で考えないならば、決して根付かずにすぐに元に戻る、と申し上げたのです。そして今となっては、ほぼそれが実現してしまった格好です。個人的には、ぜひ良いところは残して欲しいと思います。その理由の一つに、いわゆる「優秀で若い人材の確保」という経営における喫緊の課題があります。

IT前提経営®️の6大要素に「デジタルネイティブの理解」という切り口もあります。これからの会社組織や社会を背負っていく若い世代が一体何を考え、どのような行動をしているかということを真剣に考え、昔の世代間ギャップよりもはるかに大きい違いを理解した上で、受け入れることが重要です。長く大学の教員をしていて感じるのは、デジタルネイティブたちが就職先を選ぶクライテリアの中に、確実に「働き方の自由度」が入ってきているということです。それも「必ずしも朝出社しなくていい」というような画一的な決めつけではなく「複業を伴うモビリティーの高い生活の確保」のような、MONOではなくPOLYな価値観だと推測されます。

最近バズワード化している「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の本質もまた、「単なるIT活用」のようなMONO(単一の意)な発想ではなく、上述のような「デジタルネイティブの理解」のような複合的なPOLY(多くの意)な発想が重要であり、当然それを実施する企業組織もまたPOLYな発想をすることで、DXが完結するのだと考えています。従ってそれはかなり面倒臭いことで、目下ご支援させて頂いている多くの企業組織でも、情報システム部門だけというMONOな活動から脱却して、すべての部門の横連携(POLY)の発想でこれに挑んでいるのです。

「働き方」については、経営としては取り組まなくてはならないものの直接的なインセンティブが見えにくい分野だと理解しています。ただ1点、将来の人材という観点においては、経営にとっても直接的なインセンティブになり得ると考えており、したがって、IT前提経営®️の中の「デジタルネイティブの理解」は日に日に重要度が増しているのです。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く (近代科学社digital)2020 まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」(ハーベスト社)2017
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