企業経営をブラウザに乗っ取られないために経営者が考えるべきこと

パソコンを爆発的に普及させるきっかけとなったOS、Windows 95に標準搭載されたMircosoftのウェブブラウザ、Internet Explorer(IE)が、6月にサポート終了となった。 20年ほど前にはシェア9割超だったものの、現在はGoogle Chromeや他のブラウザにシェアを取って代わられている。にもかかわらず「サービス終了」がメディアを賑わせたのは、ネット黎明期を支えた功績に対するノスタルジー含みの評価ゆえでもあろうが、より実務的な理由がある。今回は、もはや「ブラウザを制するものは世界を制する」と言っても過言ではない時代、ブラウザとは何か、IT前提経営®︎の観点から改めて考えたい。


官公庁のIE依存の不思議


行政手続きの電子化が進む中、長く問題になっていたのが、いわゆる「IE縛り」である。多くの官公庁が採用しているIEがシェアを減らし続けたことで、利用者の便益は大きく損なわれた。2020年7月にマイナポイントの電子申請が始まった際、IE以外では受け付けてもらえないという事態が明るみになり、改めてこの問題が脚光を浴びた。今や、 Edge、Chrome、Safari、Firefoxなどの大御所に加え、私が最近使っているbraveのように、プライバシーの観点から広告排除の思想を前面に開発されたものもあり、かつ、FacebookをはじめとするSNS内のリンクから立ち上がるアプリ内ブラウザと呼ばれるものまで、各種ブラウザが存在する。そんな時代にユーザーの利用実態を踏まえない「IE縛り」への批判は大手メディアなども再三報じてきた。Macユーザーで、ネットバンキングがWindowsOSかつIE縛りだった時期に苦労した経験をお持ちの方も多いだろう。私もその一人だ。

Windowsに標準搭載されるブラウザがIEからMicrosoft Edgeに変わり、遅かれ早かれIEがサポート終了となることは誰の目にも明らかであったし、当然、企業や組織の情報システム担当者は危機感を募らせてきた。にもかかわらず、決定権を握るマネジメントが、ブラウザのサポート終了に伴うインパクトについて的確な認識をせず、タイミングを逸したケースは、あちこちで見られた。


高まるブラウザの支配力


ブラウザのシェアの変遷を見ればわかるが、IEはWindowsOSのシェアを背景に、先行した競合他社を抜いて90%以上のシェアを誇った時代があった。が故に、米司法当局が、公正取引の観点から、OSとブラウザを分離するようMicrosoft社に行政指導した事件も懐かしい。それほどブラウザには支配力があり、今やブラウザの上でほとんどの機能が動く。目下、Chromeが圧倒的シェアを誇っており、世界で見ると65%、日本国内では50%を占めるまでになった。GoogleもMicrosoft同様、WorkspaceでGmail、 Calendar、Document、Slide、Spreadsheetといった業務アプリケーションへの対応に力をいれてきた。これらで作業をしようとすると同じGoogle製のChromeを使うのが効率的だと考える人は自ずと多くなる。そうしたユーザー目線の戦略でChromeは最近さらに伸びた。

ブラウザ群雄割拠の現状を見れば、IEのサポート終了、つまりIEという一アプリケーションのEOSL(End Of Service Life)が発生し、IEに依存していたシステムがいずれサポートされなくなるということは容易に想定できる。これを踏まえて各ブラウザの戦略や特性をユーザー側が見極めて選択していくという消費者行動は、歴史上、あるいはIT前提経営®︎的にも明白であるにもかかわらず、そこになかなか関心が向かない(具体的には改修のための予算が付かない)現実がある。


ブラウザは「ワンソース、マルチデバイス」


そもそもブラウザとは何か。例えば、 LINEやFacebook Messenger、SkypeやGmailなどの機能はそれ専用のアプリでも動くが、すべてブラウザでも動く。ウェブ版とアプリ版が存在するのは、ウェブでは表現できない機能やスピードがアプリでは表現できるからだが、逆にアプリだと、それが入っているデバイスしか使えない。アプリ開発となると、iOSとAndroidそれぞれのOS向けが必要で、かつ、Androidの場合メーカーや機種が多く、動作確認に多大なコストがかかる。ならばウェブ版で十分ではないかという議論に落ち着く。ウェブ版なら「ワンソース、マルチデバイス」で、PC、タブレット、スマホなど様々なデバイスで利用できる。

このような背景によって、気づけばChromeの中だけで仕事をしているという現象が生じる。ここまで来るとそもそもMacOSやWindowsOSが搭載されたコンピュータではなくChrome Bookで十分とも思うことすらある。これがGoogleが理想とする戦略の1つであり、いかにブラウザ戦略が重要なのかが伺える。翻って、公正取引委員会がかつてMicrosoftのOSとブラウザの分離に言及した理由はすなわち、ブラウザを制するものがマーケットを制するからなのだ。

政府は2017年5月に閣議決定した「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」等によって「クラウド・バイ・デフォルト」を宣言した。翌年経済産業省が明らかにした「DXレポート」では、日本企業がDXを推進しなければ、2025年以降の5年間で最大で年間12兆円の経済損失が生じるという内容の「2025年の崖」問題を指摘した。DXの推進に向け、決定権者に適切な危機感を持ってもらう必要性があるためだ。

OSやその上で動くソフトウェアがEOSLを迎えるという前提認識があれば、その上でシステム開発をしてきた企業は、あらかじめシステムの新OS対応のための改修スケジュールを決めて予算取りをすることができるが、そうでなければ、ある時いきなり期中に、想定していない大きな改修費用が出現するばかりか、改修が間に合わなければ業務の存続も脅かされ、場合によっては会社の経営が危機に陥ってしまう。また、サポート期間中は、適宜修正プログラムによってさまざまな脅威への対応ができていたが、EOSLを軽視してサポート対象から外れたOSやデータベース、ミドルウェアやプログラミング言語を使い続けると、当然、さまざまな不都合が次々と発生し、特にセキュリティーホールの放置は、ウイルスやクラッキング被害の温床となってしまう。昨今は、このセキュリティ対策を軽視した場合、その影響は自社にとどまらず、サプライチェーン全体に深刻な被害をもたらす事案が後を立たない。このことについては、以前ブログで指摘した通りであり、「2025年の崖」の指摘でもある。


EOSLを的確に認識する必要性


会社や組織が事業目的のために行うIT投資においてとるべき具体的指針の重要項目を、私たちは「ITグランドデザイン策定の6大要素」として整理している。

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EOSLに振り回されずに業務を遂行するためには、システムを業務に合わせるのではなく、業務をシステムに合わせる「Fit to Standard (FtS)」という思想のもと、既存のサービスやパッケージをそのまま採用するのが合理的だ。私の言葉では「No Making, Just Using」と更に具体的に言っている。この方針が実施されると、文字通り「作らず、使うだけ」であるから、クラウドサービスが日々進化していけば、月々定額を支払っているだけで、システムがどんどん改良されていく。下記はERP最大手SAP社のクラウドの例だが、3カ月に一度のペースで多くの機能が新たに増えていることがわかる。

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無論Salesforceなども同様で、言い換えると3カ月に一度、毎回最新のサービスを導入していることになる。IT前提経営®︎の考え方がなければ、毎月の一定の利用料がずっとかかり続けてしまうという理解になるが、そうではなく、「3カ月更新で常に最新のものを使える」という考え方へのスイッチが必要で、となると、これまでのIT予算におけるCAPEXとOPEXの考え方もアップデートしなくてはならず、中期経営計画も書き直す必要がある。

ビジネスのコントロールは経営者にある。しかし、それはデジタルを適切に理解している前提での話である。そうでない場合、今回のIEの件に当てはめるならば、「御社のビジネスのコントロールは経営者ではなくMicrosoftが持っている」と言わざるを得ない時代にとっくに突入しているのである。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社 パートナー 兼 IT前提経営®アーキテクト
立教大学大学院 特任准教授
高柳寛樹
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高柳の著書はこちらよりご参照ください。
続・まったく新しい働き方の実践〜なぜ働き方は自由にならないのか。DX未完了社会の病理〜(ハーベスト社)2022
「IT前提経営」が組織を変える デジタルネイティブと共に働く(近代科学社digital)2020
まったく新しい働き方の実践:「IT前提経営」による「地方創生」(ハーベスト社)2017
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