M&Aコラム

2022.06.09

M&Aアドバイザリーの報酬体系を解剖する

紫陽花M&Aアドバイザリーの報酬というとレーマン方式という有名なワードがある。一部の書籍やM&A仲介会社のサイトなどでは「一般的」として紹介されている。小職は過去に1999年から日系大手証券、メガバンク系証券、米投資銀行、日系M&Aブティック、米M&Aブティックと様々な組織でM&Aアドバイザリー業務に携わってきたが、レーマン方式を利用していたのはその中で1社、しかも2000年前後しかない。

レーマン方式の語源を探そうとするとWikipediaでLehman Formulaというのが見つかる。それによると、1970年代に株式引受や資金調達のためにリーマン・ブラザーズが生み出した方式となっている。レーマン方式ではなくリーマン方式だったということだ。リーマンはもうこの世に存在しないので明かしても問題ないと思うが、小職がリーマン・ブラザーズに在籍していた時に、レーマン方式を用いたことは1度もなかった。語源となるリーマン本家を含めて、小職の経験上はレーマン方式は決して「一般的ではなかった」。

M&Aアドバイザリーの報酬体系は、不動産の仲介手数料と異なり業界標準があるわけではなく、各社毎に決めており、また案件毎にその性質に応じて少々複雑に設計されることが多い。過去に在籍した各社の報酬体系なども踏まえて、そのわかりにくい報酬体系について解剖してみることにする。


成功報酬と、案件の成否にかかわらず発生する報酬

M&Aアドバイザリーの報酬は様々な名称で内訳が設定されるが大きくは2つに分けられる。案件が成立した際に発生する成功報酬と、案件の成否にかかわらず発生する報酬である。後者には、リテイナー報酬(月次報酬)、着手金、中間報酬など様々なパターンがある。

M&Aアドバイザリーの目的はM&A案件を成立させることであるから、案件成立時に対価としての成功報酬(またはサクセス・フィー)を発生させるという考え方はごく自然である。株の売買手数料や不動産の仲介手数料は近い位置付けである。なお、何をもって成立とするかは、最終契約書の効力が発生した時、売買が実行された時など幅がある。

合併契約書に株主総会の承認を得られればその後はほぼ法手続きのみ、というような上場企業同士の大型合併であれば、アドバイザーの役割はそこまで、として株主総会承認をもって成立したとすることには妥当性がある。一方、中小型で対外公表を伴わない株式譲渡案件の場合、最終契約書にはクロージングコンディションとして売買実行までの条件が通常並べられるため、アドバイザーはその管理をまっとうすべし、として売買完了をもって成立したとすることにも妥当性がある。

案件の成否にかかわらず発生する報酬は、契約時の着手金(またはアップフロント・フィー)、毎月の期間報酬としてのリテイナー報酬(またはリテイナー・フィー)、基本合意時や対外公表時などの経過報酬としての中間報酬(またはマイルストン・フィー)などがある。小職が過去在籍した会社には、毎月の稼働をタイムチャージで請求するところもあった。

タクシーに乗って目的地を目指すと、目的地に辿り着けるか否かにかかわらず、走行距離で運賃が加算されていくが、それに似ている。タクシーでは距離だけでなく時間も併用されたりする。また、高速料金が別途必要になるように、弁護士や会計士・税理士等の専門家費用はアドバイザリー報酬とは別途支払になる。

なお、成功報酬が発生した場合には、それまでに支払われたリテイナー報酬などは成功報酬に充当される方式が取られることが多い。その場合、依頼主は、案件成立時には、成功報酬からそれまでのリテイナー報酬等を差し引いた残りの金額を支払う。つまり、報酬総額の上限は成功報酬になる。


成功報酬は、売却の時は料率、買収の時は定額が適している

成功報酬の金額サイズは、案件の取引金額の大きさに応じて大きくなる。極端な比較例を用いると、1000億円の案件と10億円の案件で、成功報酬がいずれも1億円で同一金額といったことは感覚的にもあり得ないであろう。取引金額が大きいということは、対象会社の組織の複雑性、検討範囲や関係者の複雑性、制度対応の複雑性等々、成約させる難易度が上がることになる。成功報酬が取引金額に関係なく同一であれば、アドバイザーは小さい案件を好んで選ぶだろう。雇う側にとっては、1000億円の取引であれば7億円までであれば支払ってもよい、10億円の取引であれば5,000万円までであれば支払ってよい、などと案件の金額によって成功報酬が大きくなるのは比較的受け入れやすいだろう。

冒頭のレーマン方式は、取引金額に一定の料率をかけること、そして料率には取引金額が大きいほど低くなるという逆進性を用いるという工夫を凝らして定式化した手法である。所得税における累進税率と逆の方式になる。所得税の計算がわかりづらいように、この方式は暗算ができずわかりづらい。スマホ代のように価格を十分に計算させずに契約を求めるような行為のようにも思われ、信頼関係が重要となるBtoBビジネスで用いるには適切ではないと小職は考えている。ここではそのようなわかりづらいレーマン方式の料率表を敢えて載せることはしないが、興味があればネットで検索して頂きたい。

成功報酬には、クライアントとアドバイザーとで目的に向けて利害の方向性を一致させる工夫があった方が良い。小職のこれまでの経験からは、売却の時は料率、買収の時は定額にするのが最も適切である。

売却する際は、依頼主はより高い金額で売却できた方がよい。しかし、成功報酬が定額であるとアドバイザーは金額が安くても案件を成立させればよいと考える構造要因を作ってしまう。料率制にすれば、高い金額で成立させることで成功報酬が膨らむため、アドバイザーにはより高い金額での売却を目指すように仕向けることができる。なお、料率は、レーマン方式のように複雑なものではなく2段階がよい。類似会社のEBITDAマルチプル等から対象企業の市場水準での想定売却価格を決めておき、想定売却価格までは1-2%程度を標準料率として成功報酬を計算する。それ以上の売却価格を実現できた場合には超過額については5-10%程度をインセンティブ料率として加算する、といった方法である。

買収する際は、逆に、料率制にすると、アドバイザーにとっては高い金額で成立させるインセンティブが働き、依頼主との利益相反が生まれる構造要因を作ってしまう。実際の取引では、オークション取引のように競争環境がある場合には、ある程度高い価格をアドバイザーは助言しなければならない局面がある。料率制の場合、依頼主は、その局面でのアドバイザーの助言にどうしても疑念を持ってしまう可能性がある。ともすれば必要な買収価格を判断できなくなるかも知れない。このような事態を未然に防ぐためにも定額制が適している。定額制での成功報酬金額は、8000万円、1億5000万円などキリの良い数字に設定する。設定された数字は、類似会社のEBITDAマルチプル等をもとにした対象企業の想定買収価格の1-2%程度の間に入るようにする。


成功報酬のみの契約は、低い成約率につながりやすい

成功報酬のみで契約できないかというのは依頼主がよく思いつき実際に期待もすることであるが、リテイナー報酬がなければ契約できないというのはアドバイザーの現実である。もちろんケースバイケースはあり得る。

M&Aのプロジェクトチームは、砂漠を行進するキャラバンのようなものであり、舗装されたハイウェイを目的地まで一直線で進むような工程では通常ない。目的地に辿り着くまでの道中にはさまざまな難所が待ち受けており、その先導役となるアドバイザーには一定の経験や専門性が必要となる。粘り強く乗り越えるだけではなく、引き返したり遠回りする判断もあれば、他のキャラバンに先を越されてしまうこともあるだろう。そのキャラバン隊を揃えるのに目的地までは無償でというのは、なかなか難儀である。

小職がこれまでに在籍した会社において、成功報酬のみで引き受ける例は基本的になかったが、世間では実際に成功報酬のみで引き受ける例や宣伝もあるようである。引き受けるとすれば、どのような構造になっているのであろうか。

一つには、そもそも複雑性に対応する専門性のあるサービスを提供しないのかも知れない。目的地に向かうまで同行はするものの、後部座席に座ってしまい、運転するのは依頼主になるのかも知れない。キャラバンに同行しながら荷物も持ってくれないかも知れない。このことは結局、目的地にたどり着かないことにつながるおそれがある。

次に、依頼された案件の一つ一つを成功に向けることに努めるよりも、数多くの依頼を受けておいて確率的にいくつかが成功すればよいと考えているのかも知れない。成功報酬のみの場合、依頼主は契約に応じやすいため、サービス提供側は契約数を取り敢えず増やすことができる。依頼主が案件成立を願っていても、サービス提供側はもっと低い成約確率を見込んでいる可能性がある。

もちろん、先に述べたようにケースバイケースであるから、短期間に確実な成立が十分に見込まれる案件であるとか(しかしそもそもそのような案件にアドバイザーが必要かどうかということはある)、特定のクライアントと長期的に反復継続してサービス提供する関係にあるといったこと(この場合、アドバイザーは成約リスクではなく資金繰りを負担をしている)で、成功報酬のみの契約が現実的な合意になることもある。

依頼主とアドバイザーとの間で交渉が発生するのは基本的には報酬の合意の時のみである。適切な報酬体系を設定することで、それ以降は方向を同一にし、利益相反をなくすことが案件の成立にとって重要であるため、報酬についての相互理解を深めることには大変価値があると思っている。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創