M&Aをする理由としない理由

国税庁が「サケビバ!」という若年層のお酒の需要喚起に向けたビジネスコンテストを開催して物議を醸している。かつてはお酒は日常であり、家でも外でも飲まない理由がなければ飲むものだった。しかしお酒の消費量は過去30年で3割減少したようだ。お酒を飲まなくなった若者に飲んでもらうためには、飲む理由を提供する必要があるのだ。正直今となってはかなり難しいだろう。

お酒とは逆に、M&Aの実行件数は過去20年で4倍以上に膨れ上がった。M&Aが非日常だった時代には企業はM&Aを行う理由を見出そうとしたが、M&Aを日常的な活動と捉える企業はどんどん増えている。具体的な案件を前にして、M&Aをする理由が必要な会社と、M&Aをしない理由を考える会社とで、どちらの企業がM&Aを実現しやすいかどうか。M&Aの実現機会を高めるために考えるべきなのは、M&Aをする理由なのか、M&Aをしない理由なのか、深掘りしてみる。


M&Aを実行する会社は、具体的な案件を目にする前から実行する動機がある


さまざまな事業会社の方々とお会いしてM&Aのお話しをしてきたが、良い案件があったら紹介して欲しいという方と、幅広く案件のアイデアが欲しいという方の2つのパターンに分けられる。過去には前者の方が多かったが、最近は後者の方が増えてきている。ただしこれは過去10年くらいの変化である。もっと以前では、M&Aは検討していないという方が大半であった頃もある。

程度や言葉の問題もあるが、良い案件があったら紹介して欲しい、というのは、M&Aをやらない前提の立場に近い。具体的な案件があって、それが良いと判断したらM&Aを行うことを検討しようというものである。M&Aを行いたいという想いが先行しているわけではなく、あくまで、理由が見つかれば行うということだ。大概、良いと判断する理由は見つかりにくく、逆にやらない理由を挙げるのは簡単で、結局やらないことになる。

一方で、とにかくM&Aを行いたいという立場に立つと、行うべき案件を積極的に探している。多くの案件が検討対象になり、やらない理由が見つからなければひとまず検討しよう、ということになる。ひとたび検討を始めれば、やるべき理由を整理して実行する。M&Aを行いたいわけなので、検討対象はなるべく多く欲しい。そのため幅広い案件のアイデアが必要になる。

M&Aを行う企業は、具体的な案件を目の前にしてその良し悪しでM&Aの実行の動機を生むわけでは通常ない。表面的には個別案件毎の判断に見えるかもしれないが、企業には、具体的な案件に出会う前からM&Aを実行する動機がある。その動機は度々、事業の多角化、シェアの拡大、技術の獲得、販路の獲得、顧客基盤の活用など様々挙げられるが、つまるところ、M&Aなしでは求める成長を達成できないという現実認識からだ。


実行する動機がなければ事が起きない身の回りのこと


日常生活でも、実行する動機が前もってなければ事が起こらないことはよく見られる。例えば住宅について、いい物件があったら購入したいと言っている人が、いい物件に出会って購入できることはほとんどない。家を購入しようと思った人は、物件を探して購入する。購入する動機がなければ良い物件はあらわれない。

住居については、賃貸か持ち家か、という神学論争がある。現代人のほとんどは住居を賃貸からスタートするであろうから、持ち家にするには購入する動機が必要になる。賃貸か持ち家かの選択を、家賃や住宅ローン返済、税金といった経済計算から導くことはできない。この経済計算は、市況の変動や、居住者の健康や将来所得の不確実性による影響が大きすぎるためだ。結局、理由はどうあれ買いたい動機があれば物件を探し出す。

購入する動機がある人は、物件を目の前にした時、買わない理由を探し、買わない理由がなければ買う。購入する動機がない人は、ある物件を買う理由を見つけようとしても、それが見つかることはまずない。購入する動機があらわれるのはタイミングにも依存する。

転職についても言えるだろう。いいポジションがあったら転職したいと言っている人が転職することはほとんどないし、いいポジションに出会えることもほとんどない。転職しようという動機があらわれれば、いいポジションを探すことができ、良い転職ができる可能性がある。住宅購入と同様に、動機があらわれるのにはタイミングも重要だろう。


具体的な案件を目の前にしてM&Aをする理由を探すなかれ


M&Aが成長戦略として普及して日常化した昨今。M&Aを行うのと行わないのでは、企業の成長の可能性に大きな差がつくことは周知のことである。世の中の変化に対応するためにビジネスモデルを変化させ続け、求める成長を達成するためには、M&Aなしではかなり困難を極める。少なくとも同業他社には見劣りしそうである。

ほとんどの企業はM&Aの動機を既に持っているはずである。M&Aを行う理由は、具体的な案件に出会わなくても挙げることができる。自社の成長戦略はすべてM&Aを行う理由に被せることができる。M&Aの動機を得るための良い案件を求めてもそれはあらわれない。M&Aを実行する強い動機をもって、幅広く情報とアイデアを収集し、具体的な案件に対しては、やらない理由がなければ取り敢えず進める。

その発想を持つことで、M&Aの実現機会は確実に増え、企業の成長戦略の実現機会も確実に増えると考えられる。具体的な案件を目の前にしてM&Aをする理由を探していては、実現はかなり先にある。



ガーディアン・アドバイザーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
佐藤 創

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