大井
以前、組織のヒエラルキーが壁になるというお話を伺いましたが、高柳さんはM&A(企業の合併・買収)やカーブアウト(事業分離)の案件も多く手掛けられていますよね。こうした特殊な局面でのDXには、通常のDXとは違う難しさがあるのでしょうか?
高柳
全く違います。通常のDXと決定的に違うのは、容赦のない「時間の制約」がある点です。通常の企業内DXであれば「数年かけてじっくり組織風土を変えよう」ということも可能ですが、M&Aやカーブアウトには明確な締め切りが存在します。
大井
締め切りというのは、具体的にどういうことでしょうか?
高柳
特にカーブアウトの場合、「TSA(Transition Service Agreement:移行支援契約)」というものが結ばれます。これは、親会社から事業を切り離す際に、「◯年◯月までに親会社のシステムから完全に独立してね」と契約で期限がガチガチに決まってしまいます。
大井
契約で決まっているなら、絶対に遅れることは許されませんね。
高柳
そうなんです。その極めて短い期間で、旧システムからの分離、新しいシステムの構築、そしてDXの推進までを同時にやり遂げなければならない。これがプロとして最もプレッシャーのかかる難所です。
大井
時間がない中で新しいシステムに移行しつつ、さらに業務のやり方まで変えるのは至難の業ですね。システム面以外での難しさはありますか?
高柳
もう一つの、そして最大の壁が「文化の衝突」です。M&Aの際、システムを繋ぐこと以上に難しいのが、異なる企業文化を統合するPMI(買収後の統合プロセス)です。
大井
文化の衝突とは、例えばどのようなケースでしょうか?
高柳
よくある失敗が、伝統的な大企業が自由な社風のITベンチャーを買収したケースです。ITベンチャーのエンジニアたちは、普段Tシャツに短パンで自由に働いていて、それが彼らの創造性の源泉だったりするわけです。ところが、買収した大企業側が「明日から我が社のグループなんだから、ちゃんとスーツを着て出社しろ」と、自分たちの文化でねじ伏せてしまう。
大井
それは、ベンチャー側からするとかなり窮屈に感じそうです。
高柳
窮屈どころか、そんなことをすれば一番大事な「コア人材」が愛想を尽かして大量に離脱してしまいます。私の知っている事例でも、買収した途端に優秀な人材が次々と辞めてしまい、従業員が120人から一気に20人にまで激減してしまったケースがありました。
大井
120人が20人になってしまっては事業そのものが成り立たなくなってしまいますね。
高柳
ええ。企業を買収したつもりが、残ったのはシステムと抜け殻の組織だけだった、という笑えない事態になります。DXやシステム統合を急ぐあまり、働く人々の文化やモチベーションを無視してしまうと、こうした致命的な失敗を招くのです。